【短編】神代・黄泉(白×丁・白×子鬼灯)

□穢れた血と名。
1ページ/2ページ

窓辺から差し込む光と、すぐ近くで囀る小鳥の声で目を覚ます。

「ん〜、今日も良い天気だ。」

天界とは違う、自然に満ち溢れた空気。

僕は今、天帝の命を受けて現世へ降りている。

まあ、半分は命令で半分は僕の興味本位でだ。

身支度を済ませて、小屋を出る。

今日は何処に行こうか、そんなことを考えながら森へ入る。

僕は現世が好きだ。

穏やかで静かな平地も、こういう葉がさざめく音が心地よい森も。

気分の赴くまま、歩き回っていると少し開けた場所に出た。

「あれ、この葉って・・・あ、こっちにも。」

手に取ったのは、様々な薬に使われている葉っぱ。

どうやらこの森には、生薬の元になる植物がたくさん自生しているようだ。

「へえ、こんな場所があったんだ〜」

ここに自生している植物は全て貴重な生薬になる。

薬師の僕からしたら、こんな嬉しいことはない。

すぐにこの場所が気に入った。

一際大きな木の根元に座り、その逞しい幹に背中を預ける。

上を見上げると、木々の間から覗く澄んだ空が美しかった。

風が木の葉を揺らす音と柔らかな木漏れ日。

その穏やかな空気に誘われるまま、目を閉じる。

宮殿に籠っているより、こうして外で自由に過ごす方が断然気分が良い。

心地良い温かさに微睡み始めてると、

「・・・っ・・・ぅ・・・」

ふと、小さく啜り泣く声が聞こえ、身を起こす。

「・・・?」

どうにも気になって、腰を上げて声のした方に向かって歩き出す。

獣本来の聴覚に頼って、着実に声の主に近付いていく。

そして、

「・・・子ども?」

小さな男の子が肩を震わせ、膝を抱えて蹲っていた。

「坊や、こんな所でどうしたの?」

そっと声を掛けてみる。

昼間とはいえ、子どもがこんな森の中に一人で居るのは不自然だ。

幼子は顔を上げ、驚いたような表情でこちらを見ている。

その肌に艶は無く、酷くやつれてしまっている。

「・・・・・・。」

「お家はどこなの?お父さんとお母さんとはぐれちゃったのかな?」

僕の言葉にその子は表情を曇らせていく。

「・・・父と母は死にました。ですので、私に帰る家などありません・・・私は・・・」

「ぁ・・・」

これ以上聞いてはいけないと思った。

俯く子の頭を優しく撫でる。

「ごめんね・・・」

「いえ、いいのです。」

「名前、聞いてもいい?」

「・・・丁、と申します。」

「・・・!」

この子は確かに【丁】と名乗った。

この言葉は、召使いに対する蔑みの意を持つ。

【丁】などという言葉は名前として成り立ってはいけない筈だ。

本当に、その言葉がこの子の名なのか。

彼に名前を聞いたことを後悔した。

こんな言葉、口にするだけでも屈辱だというのに。

名前を聞いてはみたが、これ以上触れてはいけない。

否、触れられる訳が無い。。

「・・・ねえ、行く宛てが無いなら僕の所へおいでよ。独りじゃ寂しいでしょ?」

小さな幼子に向かって手を伸ばす。

哀れなこの子をこのまま捨て置くわけにはいかない。

「・・・・・・。」

その子は一瞬驚いたように目を見開いていたが、直ぐに安堵に満ちた表情になり、躊躇うことなく僕の手を握り返した。

それから、








「ああ、おはよう。今日も早起きだね。」

「おはようございます、白澤様。」

まだ眠そうに目をこする幼子の姿に頬が緩む。

寝ぼけながら結んだのか、帯がたゆみ切り床を引き摺っていた。

薬匙を置いて、小さな欠伸をする丁の元へ行く。

丁の前にしゃがみ、帯を結びなおしてやる。

そのまま抱き上げ、今度は柔らかい髪についた寝癖を直してやる。

「うん、今日も顔色が良いね。」

ここに来てから、丁の体調はみるみる回復した。

今までの暮らしがどんなに酷かったかを考えると胸が痛む。

「起こしに行くまで寝てていいんだよ?」

「いいえ、そういうわけにはいきません。」

小さな頭を懸命に横にゆする。

可愛らしい仕草に頬が緩む。

子ども特有の柔らかい頬を指先で撫ででやる。

擽ったそうに身をすくめた後、作業台に置かれた秤や乳鉢に目をやって小さく声を上げた。

「お薬を作っているのですか?でしたら、私もお手伝いします。」

「ありがとう。じゃあ、芍薬の根を切ってくれるかな?」

「はい、分かりました。」

丁を作業台の前に座らせ、小さめの刃物を渡す。

「少し硬いから気を付けて切ってね。」

「はい、白澤様。」

丁がここに来て、もうじきひと月が経とうとしている。

毎日、こうして何か手伝うことはないかと僕の後を着いて回る。

まるで、自分の子どものようだ。

それに、彼が手伝ってくれるのはとても助かる。

自分も鍋に向かって座り直し、薬匙を持つ。

後ろから包丁が板を打つ音が聞こえる。

不規則でぎこちないのが分かる。

「大丈夫?やりづらくない?」

「いいえ、大丈夫です・・・ぁ、」

よそ見をした拍子に、包丁の刃が小さな指に当たった。

鋭い歯が薄い皮膚を裂いて傷を作る。

その傷口から赤い血が滴り落ちる。

「・・・!大丈夫?」

薬匙を放り投げて、丁の元へ向かう。

「痛いだろう?指を見せてごらん、薬を・・・」

丁の様子がおかしいことに気付く。

震えた手で、包丁を取り落した彼の表情は酷く怯えたものだった。

血が流れる指を隠すように、もう片方の手で握り込んでいる。

「ぁ・・・あの、」

「大丈夫、薬を塗るだけだから・・・」

彼に伸ばした腕を弱々しく払われた。

「白澤様!いけません・・・っ私に、触れないで下さ・・・っ!」

「・・・?どうして・・・」

「・・・っ!ごめんなさい・・・ッ!」

逃げるように僕の横をすり抜けていく。

そのまま扉を開け放って、外へ飛び出して行ってしまった。

扉を唖然として見つめる。

「・・・・・・。」

丁の様子は尋常ではなかった。

あんなに怯えて・・・

一体どうしたのだろうか。

とにかく、あの子を追いかけなきゃ。

小さな足ではそう遠くへは行けないだろう。

作りかけの薬剤をそのままに、僕も外へ向かった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ