【短編】神代・黄泉(白×丁・白×子鬼灯)

□穢れた血と名。
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窓辺から差し込む光と、すぐ近くで囀る小鳥の声で目を覚ます。

「ん〜、今日も良い天気だ。」

天界とは違う、自然に満ち溢れた空気。

僕は今、天帝の命を受けて現世へ降りている。

まあ、半分は命令で半分は僕の興味本位でだ。

身支度を済ませて、小屋を出る。

今日は何処に行こうか、そんなことを考えながら森へ入る。

僕は現世が好きだ。

穏やかで静かな平地も、こういう葉がさざめく音が心地よい森も。

気分の赴くまま、歩き回っていると少し開けた場所に出た。

「あれ、この葉って・・・あ、こっちにも。」

手に取ったのは、様々な薬に使われている葉っぱ。

どうやらこの森には、生薬の元になる植物がたくさん自生しているようだ。

「へえ、こんな場所があったんだ〜」

ここに自生している植物は全て貴重な生薬になる。

薬師の僕からしたら、こんな嬉しいことはない。

すぐにこの場所が気に入った。

一際大きな木の根元に座り、その逞しい幹に背中を預ける。

上を見上げると、木々の間から覗く澄んだ空が美しかった。

風が木の葉を揺らす音と柔らかな木漏れ日。

その穏やかな空気に誘われるまま、目を閉じる。

宮殿に籠っているより、こうして外で自由に過ごす方が断然気分が良い。

心地良い温かさに微睡み始めてると、

「・・・っ・・・ぅ・・・」

ふと、小さく啜り泣く声が聞こえ、身を起こす。

「・・・?」

どうにも気になって、腰を上げて声のした方に向かって歩き出す。

獣本来の聴覚に頼って、着実に声の主に近付いていく。

そして、

「・・・子ども?」

小さな男の子が肩を震わせ、膝を抱えて蹲っていた。

「坊や、こんな所でどうしたの?」

そっと声を掛けてみる。

昼間とはいえ、子どもがこんな森の中に一人で居るのは不自然だ。

幼子は顔を上げ、驚いたような表情でこちらを見ている。

その肌に艶は無く、酷くやつれてしまっている。

「・・・・・・。」

「お家はどこなの?お父さんとお母さんとはぐれちゃったのかな?」

僕の言葉にその子は表情を曇らせていく。

「・・・父と母は死にました。ですので、私に帰る家などありません・・・私は・・・」

「ぁ・・・」

これ以上聞いてはいけないと思った。

俯く子の頭を優しく撫でる。

「ごめんね・・・」

「いえ、いいのです。」

「名前、聞いてもいい?」

「・・・丁、と申します。」

「・・・!」

この子は確かに【丁】と名乗った。

この言葉は、召使いに対する蔑みの意を持つ。

【丁】などという言葉は名前として成り立ってはいけない筈だ。

本当に、その言葉がこの子の名なのか。

彼に名前を聞いたことを後悔した。

こんな言葉、口にするだけでも屈辱だというのに。

名前を聞いてはみたが、これ以上触れてはいけない。

否、触れられる訳が無い。。

「・・・ねえ、行く宛てが無いなら僕の所へおいでよ。独りじゃ寂しいでしょ?」

小さな幼子に向かって手を伸ばす。

哀れなこの子をこのまま捨て置くわけにはいかない。

「・・・・・・。」

その子は一瞬驚いたように目を見開いていたが、直ぐに安堵に満ちた表情になり、躊躇うことなく僕の手を握り返した。

それから、








「ああ、おはよう。今日も早起きだね。」

「おはようございます、白澤様。」

まだ眠そうに目をこする幼子の姿に頬が緩む。

寝ぼけながら結んだのか、帯がたゆみ切り床を引き摺っていた。

薬匙を置いて、小さな欠伸をする丁の元へ行く。

丁の前にしゃがみ、帯を結びなおしてやる。

そのまま抱き上げ、今度は柔らかい髪についた寝癖を直してやる。

「うん、今日も顔色が良いね。」

ここに来てから、丁の体調はみるみる回復した。

今までの暮らしがどんなに酷かったかを考えると胸が痛む。

「起こしに行くまで寝てていいんだよ?」

「いいえ、そういうわけにはいきません。」

小さな頭を懸命に横にゆする。

可愛らしい仕草に頬が緩む。

子ども特有の柔らかい頬を指先で撫ででやる。

擽ったそうに身をすくめた後、作業台に置かれた秤や乳鉢に目をやって小さく声を上げた。

「お薬を作っているのですか?でしたら、私もお手伝いします。」

「ありがとう。じゃあ、芍薬の根を切ってくれるかな?」

「はい、分かりました。」

丁を作業台の前に座らせ、小さめの刃物を渡す。

「少し硬いから気を付けて切ってね。」

「はい、白澤様。」

丁がここに来て、もうじきひと月が経とうとしている。

毎日、こうして何か手伝うことはないかと僕の後を着いて回る。

まるで、自分の子どものようだ。

それに、彼が手伝ってくれるのはとても助かる。

自分も鍋に向かって座り直し、薬匙を持つ。

後ろから包丁が板を打つ音が聞こえる。

不規則でぎこちないのが分かる。

「大丈夫?やりづらくない?」

「いいえ、大丈夫です・・・ぁ、」

よそ見をした拍子に、包丁の刃が小さな指に当たった。

鋭い歯が薄い皮膚を裂いて傷を作る。

その傷口から赤い血が滴り落ちる。

「・・・!大丈夫?」

薬匙を放り投げて、丁の元へ向かう。

「痛いだろう?指を見せてごらん、薬を・・・」

丁の様子がおかしいことに気付く。

震えた手で、包丁を取り落した彼の表情は酷く怯えたものだった。

血が流れる指を隠すように、もう片方の手で握り込んでいる。

「ぁ・・・あの、」

「大丈夫、薬を塗るだけだから・・・」

彼に伸ばした腕を弱々しく払われた。

「白澤様!いけません・・・っ私に、触れないで下さ・・・っ!」

「・・・?どうして・・・」

「・・・っ!ごめんなさい・・・ッ!」

逃げるように僕の横をすり抜けていく。

そのまま扉を開け放って、外へ飛び出して行ってしまった。

扉を唖然として見つめる。

「・・・・・・。」

丁の様子は尋常ではなかった。

あんなに怯えて・・・

一体どうしたのだろうか。

とにかく、あの子を追いかけなきゃ。

小さな足ではそう遠くへは行けないだろう。

作りかけの薬剤をそのままに、僕も外へ向かった。
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