【短編】神代・黄泉(白×丁・白×子鬼灯)

□月に手が届くまで。
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時の流れはとは早いもので、鬼灯が此処に来てからもうじきひと月経とうとしていた。

そして、今日も穏やかな朝が訪れた。

僕は毎日、鬼灯に新しいことを一つ教えることにしている。

外の世界に触れることなく生活していたので、天気の良い日には庭に連れ出して日の光に当たりながら勉強している。

勉強、といっても殆ど庭遊びだ。

ある日は木の実の探し方、またある日は井戸からの水の汲み方などなど。

庭の様々なものに触れては子供らしい笑みを浮かべている。

「すごい、すごいです・・・」

「ふふふっ」

鬼灯にとっては全てのことが新鮮に見えるようで、一日中、「すごい」を繰り返し、驚きに目を丸くしている。

本当に、本当に楽しそうな表情をしている。

そんな鬼灯が可愛くて仕方がない。

瞳が好奇心で輝きっぱなしだ。

真っ黒な淀みが消え去ってくれて、心から安心した。

彼が人間だった頃は、こんな経験などしたことがなかったのだろう。

日が傾いて辺りが暗くなるまで、着物が泥で汚れるのにも構わずに目いっぱい遊んだ。

一緒に居る時間を重ねていくうちに、鬼灯の心の緊張が解けていったのか、最近では彼の方から近付いてくることが多くなった。

「はくたくさま。」

居間で書を読んでいると、傍らから控えめな声がした。

自分の着物の裾をきゅっと掴みながら何かを言いたげに此方を見上げている鬼灯がいた。

「ん、どうしたの?」

書をめくる手を止めて、鬼灯に目をやる。

「あの、外の月が綺麗だから・・・見に行ってもいいですか?」

「月?・・・あぁ本当だ、綺麗だね。」

居間の窓から空を見上げると、大きく綺麗な月が浮かんでいた。

「じゃあ、一緒に見に行こうか。」

「はい!」

元気のいい返事をして、嬉しそうに外へ飛び出していく鬼灯に目を細める。

壁に掛けてあった小さな羽織を持って、僕も外へ出た。

























「わ、外で見ると綺麗だね〜」

「はい、すごく・・・」

小さな池の畔に腰を下ろして空を仰ぐ。

大きな月の周りに数え切れないほどの星が散っていて、とても美しかった。

月と星さえも珍しいようで、鬼灯は食い入るように空を見上げている。

時折吹く夜風が冷たいのか、無意識のうちにその肩を震わせていた。

この子を見つけた時もそうだった。

月が綺麗で、でも夜風は冷たくて・・・

「鬼灯、おいで。」

「はい、はくたくさま。」

素直に駆け寄ってきた鬼灯を膝の上に乗せ、その小さな手をさすってやる。

「やっぱり夜になると風が冷たいね。」

抱えていた羽織を広げて小さな腕を袖に通し、前の組紐を結んでやる。

「風邪を引いたら大変だからね。」

「あ、ありがとうございます。」

「うん・・・、」

時々、こうして恥じらうことがある。

この恥じらいは、並みの子どもが表すそれでは、ない。

甘やかされることへの後ろめたさと戸惑いと・・・

自分が如何に周りに頼らず生きてきたのかがよく分かる。

悲しげな姿こそ見せなくなったが、何気なく見せる仕草に今まで自分が置かれてきた環境の酷さが滲み出ている。

もしも僕があの日、見つけていなかったら今頃この子はどうなっていたのだろうか。

壊れそうになりながらも甘えを一切許さず、自分を律し続ける。

孤独の中を手探りで彷徨い続けても・・・何も無い、誰も居ない・・・

孤独に心も体も支配された成れの果ては・・・誰にだって容易に想像出来るだろう。

ほんの少し、背筋が冷たくなる。

でも、この子は確かにこの腕の中に居る。

子ども特有の高めの体温と鼓動で鬼灯の存在を確かめる。

「はくたくさま、どうなさったのですか?」

小さな掌で胸を叩かれ、我に返る。

「あ・・・ごめん、何でもないよ。ちょっと考え事してたんだ。」

不思議そうな表情を浮かべる鬼灯の頬を撫でる。

馬鹿なことを考えるのはもう止めよう。

「ほら、湖を見てごらん。」

鬼灯に水面を見るように促す。

「わぁ・・・」

「ね、綺麗でしょ?」

綺麗に透き通った水鏡に月が美しさをそのままに映し出されていた。

「こんなに近くに・・・もう少しで手が届きそうです!」

目を輝かせて水に映る月に向かって小さな手を懸命に伸ばしている。

そんな子供らしい仕草に自然と笑みが零れる。

でも、いくら手を伸ばしても月に触れることは出来ない。

空を切る小さな手を優しく握り込む。

「月はね、近くにあるように見えてずっとずっと遠くにあるんだ。」

「では・・・私が大人になったら、取れますか?」

「そうだね、きっと取れるよ。」

水に映る月をいつの日か取れると信じる幼子。

闇に心を閉ざしていた子が初めて持った希望。

不可能だと分かっていても否定はしない。

希望を持つことの喜びを忘れないで欲しいから。

鬼灯は水面を見つめたまま口を開いた。

「・・・はくたくさまは、お月様のようです。」

「僕が?」

鬼灯の言葉に驚いた。

「綺麗で、輝いていて・・・それで、それで・・・」

幼さ故の言葉の拙さに愛おしさが込み上げる。

「ありがとう、嬉しいよ。」

月光で美しく輝く長い黒髪を一房とり、そこに唇を落とす。

それに気付いていない鬼灯は、己の小さな掌を見つめている。

大きくなった自分の姿を思い描いているのだろうか?

そして、再びその手を水面へ伸ばす。

「はくたくさま。これからも、たくさん教えてください。あと・・・月が取れるまで、一緒に居てください。」

そう言いながら振り返ったその頬は桃色に染まっていた。

「もちろん、ずっと一緒に居ようね。」

月が取れるまで、なんかじゃなく・・・

ずっと、ずっと見ていてあげるから。

早く大きくなりな。





























久々の白澤パパをお届けしました(笑)
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次で完結です!(白鬼かな〜)
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