【短編】神代・黄泉(白×丁・白×子鬼灯)

□月に手が届くまで。
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天帝からの呼び出しの帰り道、ふと空を見ると美しい満月が浮かんでいた。

「こんなに綺麗な満月見たの久しぶりだな・・・」

つい足を止めて魅入ってしまう。

だが、時折頬を撫ぜる冷たい夜風には抗えない。

寒さが増す前に早く帰ろう、そう思ったとき・・・

「・・・ん?」

葉が擦れる音と小さな啜り泣く声。

不思議に思って、音のする方に近付き、茂みの中を覗き込む。

そこには、小さな鬼の子が蹲っていた。

その肩が、手が小刻みに震えていた。

こちらには気付いていないようで、時折しゃくりあげながら泣いていた。

「こんな所でどうしたの?夜風が冷たいだろう?」

控えめに声を掛けてみる。

「?!」

大きく肩を震わせ、膝に埋めていた顔を恐る恐る上げた。

その表情は酷く怯えていて、痛々しかった。

膝を折って、幼子に手を差し伸べる。

「怖がらなくていいよ。立てるかい・・・ッッ?!」

光が失せてしまった黒い瞳を覗き込んだとき・・・、

突然、視界が揺らいだ。

額に刻まれた目が疼く。

鈍い痛みと共に、この子の記憶が波のように押し寄せて流れ込んでくる。

まるで、助けを求めて縋り付くように・・・

「あ・・・、」

見えてきたのは・・・、

貧しい村で召使いとして働く一人の子ども。

痩せた身体に鞭打って働き続ける日々。

その中に楽しみと呼べるものは何も無くて・・・

『他の子と同じように外で遊びたい、勉強したい。』

心の中でそう願いながら一人で泣いて、泣いて、泣いて・・・

そして・・・

気付いた時には浄衣を纏い、櫓の上に。

『雨乞いの、贄・・・?』

何の前触れもなく突き付けられた死の宣告。

恐怖と絶望で震える身体。

『寒い、怖い・・・痛い・・・』

身を斬られるような酷い痛みと悲しみ故の死。

余りにも理不尽で悲愴な最期。

綺麗な月が無常さを更に掻き立てていた。

『死んだ後は、楽になれるのでしょうか・・・?』

消え入りそうな悲鳴を最後に、この子の生前の記憶は途切れた。

なんて・・・なんて可哀相なのだろうか。

この子に宿る鬼火が弱々しく揺れている。

気付いた時には、その小さな身体を胸に抱き込んでいた。

「な・・・に、」

「大丈夫・・・もう苦しまなくて良いんだよ。」

「!」

驚いたような表情で僕を見ている。

「何故、知っているのか」と言いたげだ。

安心させるように痩せた頬にそっと手を当てる。

「・・・あの、どうして・・・」

「驚かせちゃったね。僕は中国の神獣、白澤っていうんだ。勝手に視てごめんね・・・君の鬼火が助けてって叫んでたんだ。」

「神獣、さま・・・?」

「うん、君が怖がることは何もしないから安心して?」

幼子を抱き上げて背を優しく撫でながら、暗い森から少し開けた月の光が届く場所へ出た。

「いつから此処で泣いていたんだい?」

「分かりません・・・痛くて苦しいのを我慢していたら何時の間にか此処に居ました。」

淡々とした口調だが、その言葉に感情は籠っていない。

「そっか・・・ねえ、君の名前聞いてもいいかな?」

「・・・・・・丁、と申します。」

「!」

少しの躊躇いの後に紡がれた『名前』に驚いた。

丁・・・それは召使いという蔑みの意を持つ言葉。

人に与えられる名などでは、ない。

「ごめん、何も知らずに・・・」

「いえ、良いのです・・・」

「・・・・・・。」

随分長いこと様々な世界を見てきたが、こんなに不幸を、悲しみを纏っている子どもは初めて見た。

きっと、この子は悲しみと恐怖以外の感情は知らないのだろう。

幼子を降ろし、膝を折って向かい合う。

「・・・ほおずき、」

「・・・?」

聞き慣れない言葉に不思議そうな表情で僕を見た。

「知ってるかな?綺麗な白い花を咲かせるんだ・・・その後には焔のように赤い実を付ける。その花に込められた言葉は『心の平安』・・・」

「鬼灯の字にはね、君の中で燃える鬼火も入ってるんだ・・・・・・ねえ、君の新しい名前にどうかな?」

「わたしの・・・?」

艶やかで柔らかい髪に指を通して梳いてやる。

「そう、鬼としての新しい名前。」

「・・・神獣さまに名前を頂けるなんて・・・ありがとうございます。」

漸く、恥ずかしさと嬉しさが入り混じった何とも子どもらしい表情を初めて見せてくれた。

「やっと笑ってくれたね・・・鬼灯、」

「なんだか恥ずかしいです・・・でも、何故・・・」

「ん?」

「何故、わたしのような者に優しくしてくださるのですか・・・?」

何故か、なんて・・・そんなもの、

「君が愛おしく見えたから、それだけだよ。」

この子を、悲しみの淵から救い出してあげなきゃ。

愛されることの喜びを教えてあげなきゃ。

神の義務だからとか、そんなんじゃない。

僕個人として、素直にそう思ったから。

「・・わたしには神さまから愛される資格なんて・・・だって、わたしは・・・」

再び俯いてしまった鬼灯の顔を上げさせる。

「お願い、そんなこと言わないで。君はもう召使いじゃないんだ。」

この子の足枷になっている過去なんて、僕が断ち切ってやる。

「自由になっていいんだよ。僕の所へおいで。」

「え?」

「君が今まで知らなかったことは僕が全部教えてあげる。」

「・・・・・・。」

立ち上がって、鬼灯に向かって手を差し伸べる。

「おいで、鬼灯。」

「・・・はい、神獣さま。」

躊躇いがちに伸ばされた小さな手をしっかりと握った。

表情こそ不安そうなものだったが、その瞳には確かに光が宿っていた。














































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