【短編】神代・黄泉(白×丁・白×子鬼灯)
□ちいさないけにえ
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明くる日の夕方、僕は別の村を訪れていた。
足を踏み入れてすぐ、村長らしき女性が迎えてくれた。
「まあ、漢からいらしたの?皆、歓迎しますわ。」
人当たりの良い笑みを浮かべながら、村の中を案内してくれた。
村の人たちは、皆穏やかな様子で己の仕事をこなしていた。
昨日訪れた村とは天と地の様だった。
ふと、井戸で出会ったあの幼子の顔が脳裏に浮かんだ。
あの子は、今日も苦しみながら働いているのだろうか・・・?
歯切れの悪い別れ方をしたので、気になって仕方が無かった。
後で様子を見に行ってみよう。
「何か生活で気になることは?」
村長は僕の言葉に、少しだけ考える仕草をした後、口を開いた。
「この村はご覧の通り、皆助け合いながら暮らしていますわ。特に目立った不自由は感じません。」
村によってこんなにも差があることに驚いた。
でも、こうした穏やかな村もあることに対して少しだけ安心出来た。
「ただ・・・」
それまで明るかった村長の表情が曇った。
「何か?」
「ええ、この村から南に真っ直ぐ行った所にある村のことなのですが・・・」
南に・・・?
昨日、僕が訪れた村のことだ。
「先日、恐ろしい噂を耳にしましたの。今宵、幼子を贄とした雨乞いの儀式を森の奥深くで行う・・・と。」
「何、それ・・・」
「わたくしも詳しいことは存じませんが、やっと贄が見つかったと隣村の方が喜んでいたと主人が申しておりました。」
「見つかった・・・?」
背中の辺りがざわつく。
「親を失くした男の子が・・・」
そこまで聞いた途端、体中の血が冷えるのを感じた。
弾かれた様に村を飛び出し、昨日の村に向かった。
後ろで村長の制止の声がしたが、構っていられなかった。
もう日が落ちてしまった。
儀式は今宵と言っていた。
じゃあ、昨日見たあの櫓は・・・
雨乞いに捧げる贄の為の・・・
それ以上はもう考えたくなかった。
とにかく走った。
お願いだから間に合って欲しい。
丁のあの悲しそうな顔が浮かんでくる。
「・・・っ!」
昨日、僅かな時間を共にしただけなのに、何故こんなに焦っているのか。
・・・そんなことはどうでもいい。
あの櫓があった森へ急いだ。
が、遅かった。
既に儀式は終わっていて、残されていたのは櫓の上に横たわる丁。
「嘘だ・・・」
慌てて走り寄って、丁の身体を胸に抱え込む。
「丁・・・!」
青い顔の丁を揺り動かす。
「・・・ぅ・・・」
瞼が重そうに開けられる。
よかった、まだ生きていた。
でも、酷い暴行を受けたであろう身体は極限まで衰弱していた。
呼吸が細く、苦しそうだ。
そんな丁の酷い姿に涙が溢れる。
「どうして・・・どうして、お前なの・・・っ?」
子どもの様に涙を流す僕の頬に小さな手が添えられる。
「わた、しは・・・丁だから・・・召使いだから・・・」
「そんなの関係無いよ!こんなことしたって・・・」
『雨は降らない』という言葉は飲み込んだ。
この子が、丁が可哀相でならなかったから。
「丁・・・痛い・・・?苦しい・・・?」
小さな身体に刻まれた傷に唇を寄せて癒しのまじないを掛ける。
外傷であれば、たちどころに治ってしまうが、内臓にまで達する傷は治せない。
どんどん弱っていく丁。
「何も・・・感じません・・・ただ、凍えそうな程・・・寒い・・・」
寒さを訴える丁の身体を包み込むように抱き締める。
「死んじゃだめだ、丁・・・!」
泣き続ける僕に、目を細める丁。
「不思議です・・・昨日、お会いしただけなのに・・・ずっと前から、知っていた・・・みた、い・・・」
そう言った丁は、それはそれは綺麗に笑っていた。
昨日の悲しみに満ちた顔とは打って変わって・・・
「せめて、お名前を・・・もう、目があまり見えなくなってきました・・・いずれ、耳も・・・」
小さな手が漢服を握り締め、皺を作っていく。
堪らず、その小さな頭を掻き抱く。
「僕は、白澤。中国の神だよ・・・ごめんね、嘘吐いて・・・」
耳に唇を寄せて、己の名を囁く。
「はくたく、さま・・・」
血の付いた唇が動き、僕の名を紡いだ。
どんどん冷たくなる身体。
恐らく、もう助からないだろう・・・
「丁、聞いて・・・この苦しみを乗り越えたら、お前は楽になれる・・・もう、苦しまなくていいんだよ。」
「・・・・・・」
僕の言葉が届いたのか、丁は再び微笑んだ。
漢服を掴んでいた手が力なく落ちる。
「はく、たくさま・・・あめ・・・ふらせて、くださ・・・ね・・・」
そのまま、唇と目を閉ざした。
「うん・・・っ・・・うん、きっと・・・」
もう動かない小さな身体を抱き締める。
「よく頑張ったね・・・ゆっくりお眠り。」
丁が眠りに就いた次の日、地には雨が降り注いだ。
幼子の死を悲しむ天の涙雨だった。