【短編】神代・黄泉(白×丁・白×子鬼灯)

□ちいさないけにえ
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何とか日が暮れる前に村に着いた。

もうじき暗くなると言うのに、大人たちは忙しなく働いていた。

何だか声を掛けるのも気が引けた。

ふと、井戸で水汲みをしている子が目に入った。

水が張った大きな桶を痩せ細った両腕で抱えている。

「ねぇ、少しいいかな?」

「・・・?」

僕の声に反応した子が此方を振り返った。

髪を結っていたので女の子かと思っていたが、男の子だった。

「・・・宮廷の方ですか?」

訝しむような視線を向ける男の子。

漢服を見て、朝廷の者だと勘違いしているようだ。

「違うよ、僕は漢の国から遣いで来ているんだ。」

いくら子ども相手だとは言え、天界から来ましたなどと言えないので、適当な嘘を吐いた。

「かん・・・?」

「そう、倭国の隣の国だよ。」

信じられないというような表情を浮かべるその子に目を細め、抱えていた桶を持ってやる。

「あ、あの・・・!」

「君の家まで持ってあげるよ。どの小屋だい?」

「困ります、そんな・・・」

今にも泣き出しそうなその子にぎょっとする。

慌てて彼の身長に合わせて腰を屈める。

「ごめん、ごめんね・・・そんなに嫌だった?」

僕の言葉に首を横に振る。

「いえ、違います・・・お気持ちはすごく嬉しいです。でも・・・」

着物の裾を握って俯いてしまう。

「でも・・・?」

「そんなことをしてもらったら、罰を受けてしまいます。・・・あんなに痛いのは嫌です。」

え・・・?

この子は何て言った?

罰?

「どうしてお前が罰を受けなきゃいけないんだい?」

こんなことを軽い気持ちで聞いてしまったのがいけなかった。

唇が切れるくらい噛み締めた後、絞り出すように言葉を紡ぐ。

「・・・私の名は丁と申します。遣いに来られる程のお方なら『丁』が何を指すかお分かりでしょう・・・?」

あ・・・

『丁』に込められた意味は、『召使い』

「私には親も親戚も居ません。周りからは教養も常識も無い孤児として虐げられています。」

「・・・・・・。」

「私はこの村に来てから、大人に甘えてはいけないと教えられました。その醜い甘えの先には痛みと苦しみが待っていると・・・そう叩き込まれたのです。」

「でも、追い出されたくないから従うのです。召使いとして働きながら・・・」

「・・・もう、いいよ。」

淡々と、でも悲しそうに言葉を紡ぐ丁を抱き締める。

「ごめん、僕が安易に聞いたのが悪かったね・・・許しておくれ・・・」

やりきれない思いが込み上げてくる中、腕の中の幼子の髪を梳く。

「貴方が謝る必要はありません。」

「でも、」

僕が口を開きかけたとき、背後から金切り声がした。

「丁!一体何をしてるんだい!水汲みも満足に出来ないのかね?!」

丁の肩がぴくりと跳ねた。

「・・・女将さん、申し訳ありません。すぐに戻ります・・・」

丁は僕の腕からすり抜けると、桶を抱えて走り去っていった。

「全く、お前のような愚図の面倒を見るこっちの身にもなっておくれよ!」

小さな背中に罵声を浴びせる女性。

「丁・・・・・・」

「おや、お役所の方かい?」

僕の身なりを見て勘違いをしたのか、声音が変わった。

「いや、漢から遣わされた者だ。今晩世話になれる村を探していたんだ。」

その女性は、僕が上層の人間でないことを知った途端、掌を返した様に冷たくなった。

「・・・あんたには悪いが、この村は止めた方がいいよ。見ての通り、くたびれた村だ。休まるもんも休まらないよ。それに・・・」

「?」

「明日は大事な祭事がある。よそ者には関わって欲しくない類のね。」

「・・・そうか、では他を当たるとしよう。邪魔をしたな。」

丁と祭事のことが引っ掛かったが、特に気にすることなく、その村を後にした。

しかし、これが僕の最大の過ちだった。
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