【短編】神代・黄泉(白×丁・白×子鬼灯)

□空を割いた悲鳴。
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問屋通りの横道を走り抜ける。

この横道は花街に続いていて、昼間にも関わらず薄暗く、安全とは言えない。

だから、丁に問屋街以外を歩くなと忠告したのだ。

嫌な予感が当たっていないことを祈りながら可愛い丁の気配を必死に探る。

そんな時、

「や、です・・・!やめて!!」

甲高い悲鳴が朽ち果てた倉から聞こえた。

「!!」

倉の扉に手を掛けるが、内側から閂が掛けられているようで開かない。

「ちっ・・・」

渾身の力で、扉を閂もろとも蹴破った。

砂埃が高く舞い上がる。

「丁!!!いるの?!」

「・・・あ?」

返ってきたのは丁の鈴のような声ではなく、低く凄みの効いた男の声だった。

砂埃が治まり、状況がはっきり見えた。

「・・・!!丁!!!」

2人の大男の間に丁が小さく蹲って震えていた。

傍らには、鈴蘭の花束が無残に転がっている。

丁は自分を見下ろす大きな男を、光の失せた瞳で虚ろに見上げている。

その小さな唇からは「嫌だ、助けて・・・」と譫言の様に零れ落ちる。

まるで、壊れてしまった人形の様だった。

「丁、聞こえる?!僕だよ!!」

直ぐにでも丁の元へ駆け出したかったが、相手の目的や意図が読めないうちは安易に近付けない。

だから丁の瞳に訴え掛ける様に叫ぶ。

丁の瞳がゆっくり動き、僕を捉える。

「はく、た・・・さま?」

虚ろだった瞳に微かに光が戻った。

「この餓鬼、お前の飼い犬か?」

『飼い犬』という言葉が酷く癪に障った。

「違う、その子は僕の大事な子どもだ。早急に返してもらおうか。」

目の前の男を睨み付ける。

「生憎、そうはいかねぇな。こいつ程の上玉、花街で売ったら大層な額になるだろうからな。」

こいつらの目的が分かった。

幼子を花街へ売り飛ばす身売りだ。

最近、人攫いが頻発していると聞くし、関係無い筈が無い。

「お前の言い値で請けてやっても良いんだぜ?どうだ、悪い話じゃないだろう?」

「・・・そんなふざけた話があるか。」

まるで物の売買の交渉をするかのように淡々と話を持ち掛ける男。

下らなくて聞いてられない。

「はくたくさま・・・」

震える小さな手がこちらに伸ばされる。

「ちっ・・・!さっきから手ぇ焼かせんじゃねぇよ!」

先まで黙っていたもう一人の男が声を荒げ、懸命に伸ばす丁の手を踏みつける。

「いッ・・・痛ぁ!やめて・・・痛い、よぉ・・・!」

丁が痛みにか細い悲鳴を上げる。

「痛い目見ねぇと分からねぇみてぇだなぁ!この愚図が!」

地面に強く擦り付けられた指や掌から血が滲み始める。

「あいつは気が短いからなぁ。簡単に殺っちまうかもしれねぇぜ?ここは大人しく言う事聞いとけよ、な?」

下衆な笑みを浮かべる男2人。

涙を散らして泣き叫ぶ丁。

嗚呼、もう駄目だ・・・。

「・・・ろよ・・・」

言いようのない怒りが込み上げてくる。

閉じられている額の目が蠢きだす。

「・・・いい加減にしろよ。」

額の中心が割れ、大きな金の眼孔が剥かれる。

2つの目も血の様な赤に色を変えた。

「・・・!!手前ぇ、化け物か??!」

額の目を見た男たちは腰を抜かして後ずさった。

何も言わずに、ゆっくりゆっくり近づいていく。

折角穏便に済ませようと思ったのに。

よくも僕の可愛い丁を侮辱して傷つけてくれたな・・・。

3つの目で逃げ腰になっている2人を見下ろす。

正気を失った1人が傍らに落ちていた棒切れを手に取り、殴り掛かった。

勢いよく振り下ろされた棒を片手で受け止め、2つにへし折る。

「あ・・・?」

唖然としている男の腹を膝で蹴り上げ、壁に突き飛ばす。

全身を強打した男は声も上げずに崩れ落ちた。

頭の周りにじわじわと血溜りが出来ていく。

打ち所が悪ければ、死んでいるだろう。

動かなくなった男。

それを見て唇を吊り上げる。

もう、泣いて縋ろうが赦さない。

ゆらりともう1人の男を振り返り、近付いていく。

唖然としている丁の横で顔を真っ青にしている。

男の髪を掴んで地面に引き倒す。

「おい・・・さっきまでの威勢はどこ行ったんだよ・・・?」

そして、先に丁にしていたように男の手を思い切り踏みつける。

「ぐぁ・・・ッ!!」

痛みに声を上げる男を赤い目で射抜く。

「丁を、殺すだと?はっ、やってみろよ・・・出来るものならな・・・っ!」

無様な男を鼻で笑いながら、手を踏みつける足に力を込める。

「痛い!!!やめろ!!悪かった、謝るから・・・!」

余りの痛みに狂ったように叫ぶ男。

嗚呼、なんて醜くて滑稽なのだろうか。

「あぁ?謝るだと・・・・・・?」

一体、どの口が言うのか。

狂気に似た感情が全身を支配する。

今の僕を動かしているのは憎悪のみ。

憐れみや情けなど欠片も無い。

本能の儘に動く残酷で無慈悲な獣と化していた。

「はくたく、さま・・・やめて、もぅ・・・いいから・・・」

痛めつけられる男を見ていられないのか、消え入りそうな声で僕に訴える。

「・・・ごめんね、丁の頼みでもこればかりは聞けないな。」

血で真っ赤に染まる手を無表情でなじり続ける。

そして・・・

「あ・・・?ゔああああぁぁぁぁッッ!!!!」

骨が砕ける音と共に、断末魔の様な悲鳴が辺りに木霊する。

「あははっ・・・やりすぎちゃった。」

足を退かすと、真っ赤になってひしゃげた手が現れた。

その手は本来絶対に曲がらない方向に曲がっている。

のた打ち回る男に目を細める。

「ねぇ、痛がってるとこ悪いんだけどさ、金輪際この子に近づかないって約束してくれる?」

「もちろん、です・・・」

壊れたように首を縦に振り続けている男は、やがて糸が切れたように地面に突っ伏した。

気を失った男を一蹴してから、気を鎮める為に息を吐く。

額の鋭い眼孔は静かに閉じ、血の様に赤い目はいつもの黒に戻った。

「はくたくさま・・・」

震えた丁の声が後ろから聞こえた。

地面にへたり込んで、肩を戦慄かせている丁が居た。

怯えてしまっている丁に、いつもの笑みを向ける。

「丁、大丈夫かい?手を見せてごらん・・・」

丁の前に屈み込んで、踏まれて傷ついた小さな手を取る。

「こんなに赤くなって・・・痛かっただろう?」

地面に強く擦り付けられた所為で、皮膚が裂け血が滲んでいた。

「はくたくさま・・・」

怒りに支配されていた僕を見る丁の目は恐ろしさに見開かれていたが、よく知ったいつもの僕を見たからか、今は安堵の色が宿っている。

「もう、大丈夫だからね。すぐ治してあげる・・・」

血が滴る手の甲に唇を寄せ、治癒のまじないを乗せて口付ける。

傷はみるみる塞がり、元の白く綺麗な肌に戻った。

「丁・・・怖かったね・・・後を追って本当に良かった・・・」

丁の頬についた泥を指で拭う。

「・・・・・・」

僕を見上げる大きな瞳に涙が溜まっていく。

「はく・・・っ・・・たく、さまぁ・・・」

堰を切ったようにぼろぼろと零れ落ちる大粒の涙。

僕の胸に飛び込んできた丁。

その震える身体を抱き締める。

小さな両手が僕の服をきつく握り締め、皺を作っていく。

しゃくり上げながら何度も僕の名を紡ぐ。

「大丈夫、大丈夫だよ・・・さあ、もう帰ろう。」

これ以上、この噎せ返る様な血の匂いで満たされている空間に丁を居させたくない。

丁はこくんと頷くと、落ちていた鈴蘭の花束を拾い上げた。

「おいで、丁・・・」

小さな手を引いて、倉を後にした。

暗い路地を足早に通り、問屋街へ戻る。

広い通りに出た所で、歩く速度を落とした。

ふと、丁が足を止めた。

振り返ると、握り締めた鈴蘭の花束を悲しそうな目で見つめていた。

「丁・・・お花はまた買ってあげるよ、ね?」

可憐だった鈴蘭は土に汚れ、その美しさを失ってしまっていた。

悲しげな丁の表情に胸が締め付けられる。

「これ・・・はくたくさまに差し上げたくて・・・。」

「え?」

丁の言葉に驚く。

「はくたくさまは、小さくて白いお花がよくお似合いだと思って・・・」

ああ、そうか。

だから一人で街へ行きたいと言ったのか。

僕に知られないように。

「なのに・・・こんなに汚れて・・・」

丁の震える手から、花束を受け取る。

「はくたくさま・・・?」

「僕の為に鈴蘭を選んでくれたんだね。嬉しいよ、ありがとう。」

土で汚れた小さな花にキスをする。

「いけません、そんな・・・」

「どうして?折角丁から貰ったんだ、大切にするよ。」

丁の髪を優しく撫でる。

「綺麗にしてあげて、窓辺に飾ろうね。」

僕の反応に驚いていた丁だったが、次第にその目が綺麗に輝く。

「はい!」

良かった、やっと笑ってくれた。

「ふふふっ、帰る前に硝子屋に寄って綺麗な小瓶も買っていこうか。」

笑顔で頷く丁に目を細めるのだった。

・・・・・・それにしても、僕の丁をあんな目に遭わせるなんて、低能な俗も居たものだ。

誰も僕からこの子を奪えはしない。

仮に居たとしても、その時は・・・

なんてね。

とにかく、丁が無事にこの腕に戻って来て良かった。

暫くは一人歩きはさせない方が良いだろう。

そんなことを考えながら家路に着くのだった。












初リクに答えさせていただきました!
素敵なリクをありがとうございました♪
阿黒様、いかがでしたでしょうか?
いろいろ残念な所がありますが(笑)←叩。
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