【短編】神代・黄泉(白×丁・白×子鬼灯)

□神を惹きつける鬼
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次の日、いつもより少し早めに起きて朝食を済ませる。

まだ少し眠そうにしている鬼灯の手を引いて居間へ向かう。

「さぁ、昨日買った着物に着替えようか。」

箪笥から真新しい着物を出して、鬼灯に着せていく。

浅葱色の刺繍が見事な着物に薄い橙の帯。

よく似合っている。

「はい、出来た。苦しくない?」

髪を結ってやりながら鏡越しに鬼灯を見る。

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」

「どういたしまして。よし、髪も出来たよ。早速行こうか。」

「はい。」

戸締りをしっかりして宮殿へと急いだ。

ここから宮殿までは然程遠くないが、あまり天帝を待たせたくない。

黙々と歩いて約四半刻、宮殿が見えてきた。

「鬼灯、あそこが宮殿だよ。疲れたよね?よいしょっと・・・」

少し息が上がっている鬼灯を抱き上げる。

「さあ、あと少しだよ。」

歩く速度を速めて真っ直ぐ宮殿を目指した。

半刻ほど掛け、漸く宮殿に辿り着いた。

「ねえ、ちょっといいかな。」

門前を警護していた衛兵に声を掛ける。

「これは白澤様!お話は伺っております。どうぞお通り下さい。」

「ありがとう。」

鬼灯を抱いたまま、大きな門をくぐった。

初めて見る宮殿に鬼灯がしきりに首を動かしている。

「すごい綺麗です・・・みんな輝いて・・・」

「そうだろう?僕ね、ここほど美しい場所は他に無いと思うんだ。」

「ええ、私もそう思います・・・」

そんなことを話しながら、玉座の間を目指した。

「白澤様、お待ちしておりました。」

玉座の間の前で控えていた侍女が、大きな扉を開いてくれた。

「ありがとう。」

鬼灯を下ろして、手を繋ぐ。

「さあ、行くよ。」

「はい。」

扉をくぐってすぐ目の前に伸びる長い廊下の先に天帝は居た。

赤い絨毯の上を静かに歩く。

僕の手を握る鬼灯の手に少しずつ力が籠っていく。

「大丈夫だよ。」

小さな声で囁く。

幼いながらも、天帝から放たれている気迫を感じているのだろう。

「白澤よ、よく来たな。」

広い部屋に天帝の声が響く。

「天帝・・・参上が遅れ、申し訳ございません。」

天帝の前で膝を折って跪き、頭を下げる。

「・・・」

鬼灯はどうしていいか分からず、僕を真似てその場に跪く。

「よいよい、頭を上げぬか。さて・・・」

天帝が椅子から立ち上がってこちらに近づいて来た。

「これこれ、そんな所に膝をついておると着物が汚れてしまうぞ。」

天帝が腰を屈めて、跪いて固まっている鬼灯を抱き上げる。

「あ、あの・・・!」

「ほれ、斯様な所に汚れが。折角の着物が駄目になってしまうぞ?」

鬼灯の着物の裾に付いた汚れを手で払う天帝。

「あ、ありがとうございます・・・」

「よい、そなたが鬼灯だな?ここまでよく来たな。歓迎するぞ。」

鬼灯は天帝の行動に目を丸くしている。

いや、僕も驚いているのだが。

天帝が初めて会う者にこのように触れるとは。

「しかし、斯様に幼い子が閻魔の下に付きたいと申すとはな。何か訳があるのか?」

「はい、この鬼灯という名は閻魔様が与えて下さったものです。その恩義に報いるために・・・」

「そうかそうか、お前なら立派な閻魔の補佐となれるだろう。」

天帝は鬼灯を抱いたまま歩き出す。

「白澤よ、ここは退屈だ。外を歩かないか?」

「はい、喜んでご一緒いたします。」

そうして、宮殿の広大な中庭に向かった。











中庭で散歩をした後は、天帝の心遣いで夕餉を共にし、今は食後の茶会の最中だ。

鬼灯は茶に飽きてしまったのか、向こうの方で侍女たちと遊んでいる。

絵巻物を見ながら楽しそうに笑っている。

「そなた、あの幼子に特別な感情を持っているな?」

鬼灯の様子を楽しそうに見ていた天帝が口を開く。

突然のことに思わず湯呑を取り落しそうになる。

「・・・はい。どうやら、私はあの子に心を奪われてしまったようです。」

天帝にはどんなに小さな隠し事も通用しないと知っているので、正直に自分の気持ちを話す。

「最初は、鬼灯のことを献身的な子と認識していました。しかし、あの子の過去や心情を聞かされて放っておけないと感じました。
いつしか、ずっと寄り添って守ってあげたい・・・そんなことを思い始めました。・・・日を重ねていく度に私の心はあの子へと傾いてしまっているのです。」

「過去、か・・・先程、鬼灯の記憶を視させてもらった。この私であっても、とても直視できるようなものではなかった・・・
今はあのように笑っているが、そなたと出会う前はまるで壊れた人形のようだ・・・」

「ええ、だからこそです・・・あの子がこれから先、明るい希望を持って進めるように導いてあげたいのです。」

天帝の目を真っ直ぐ見る。

「神であるそなたがそこまで陶酔してしまうとはな。良いことではないか。そなたは今までで一人だけに愛情を注いだことが無いだろう?」

そう、僕は森羅万象を知る神。

だから、存在するもの全てを等しく愛する義務がある。

そんな僕が一人だけを愛していいのだろうか?

でも、今の僕の心は鬼灯で満たされている。

鬼灯をずっと愛していたい。

でも・・・、本当にいいのだろうか?

心の中ではいくらでも自分に言い聞かせることが出来たが、こうして誰かに言葉としてみると、何かと迷ってしまうところがある。

ここまで心を乱されるのは初めてのことで、正直少し戸惑ってしまう。

「案ずるな、白澤よ。お前の思うが儘にあの幼子を愛してみろ。あの幼子が成長した暁にその結果が分かるだろう。」

僕の心情を察した天帝の言葉が何よりの救いだった。

「だが、あの子を立派な地獄の官吏に育てることも忘れるでないぞ?」

「はい、心得ております。」

僕の言葉に天帝は満足そうに頷く。

「ほれ、鬼灯がもう眠そうにしておる。行ってやったらどうだ?」

はっとして、天帝が見る方に目を向ける。

絵巻物を持ったままの鬼灯の首が不規則に揺れていた。

それを侍女たちが微笑みながら支えてやっている。

口許が緩むのを感じながら鬼灯の元へ足を向ける。

「鬼灯、遊び疲れちゃったかな?」

「はくたくさま・・・」

目元を擦りながら僕を見る鬼灯。

「さあ、こっちにおいで。」

今にも睡魔に負けてしまいそうな鬼灯を抱き上げる。

「お腹も一杯だもんね。たくさんお眠り。」

優しく前髪を掃ってやると、大きな目がゆっくり閉じられ、すぐに健やかな寝息が聞こえてきた。

「寝てしまったか?」

天帝の言葉に振り返る。

「はい、遊び疲れてしまったようです。」

「そのようだな、随分遅くまで引き留めてしまったな。」

「何を仰いますか。勿体無いほどのもてなしに感謝しております。」

鬼灯を抱いたままだったが、深く頭を下げる。

「よいよい、鬼灯とはまたいずれ会うことになるだろうな。楽しみだな・・・」

「天帝・・・?」

「いや、こちらの話だ。さて、もう遅い故気を付けて帰るのだぞ。」

天帝の言葉が気になったが、取り敢えず宮殿を後にすることにした。

皆の見送りを受けながら帰路についた。

ふと、腕の中で眠る鬼灯を見る。

鬼灯・・・成長したお前の中に僕は居るのかな?

お前はいずれ、閻魔大王が治めんとする地獄に行ってしまう・・・

何かを統べるということは、気が遠くなるほど長い時間を要する。

その間にお前は・・・

色々なことが頭を駆け巡り、少しだけ不安になってしまう。

でも・・・

『お前の思うが儘にあの幼子を愛してみろ』

先の天帝の言葉が蘇る。

そうだよね、先のことなんて分からない。

僕はこの子に有り余るほどの愛情を与えるだけ。

そう決めたのだから。

小さな角の生え際に小さな音を立ててキスを落とした。

















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