【短編】神代・黄泉(白×丁・白×子鬼灯)

□地獄の小さな鬼
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日が暮れる頃には、門の周りにいた亡者の数は格段に減り、最初に感じた圧迫感は無くなった。

まあ、今日はこんなもんか。

大きく伸びをすると体中の関節が悲鳴を上げる。

ずっと座ってたからなぁ〜

立ち上がって、門前広場を後にする。

明日のことも考えて、天界に戻らずにこの辺りの森で夜を明かすことにした。

木々をかき分けて森の奥へと入って行く。

途中、地獄にしては比較的風通しの良い場所を見つけた。

「この辺でいっか。」

そこへ腰を下ろして、また伸びをする。

こめかみの辺りが少し痛む。

普段は滅多に使わない額の目で数え切れないほどの亡者を視れば、まあ当然だろう。

「早く寝よ。」

腹も減っていなかったので、そのまま眠ろうと人間の姿から本来の獣の姿へと戻る。

ひんやりした草に伏せ、そのまま目を閉じる。

疲れが出ていたのか、直ぐに睡魔がやって来た。

うとうとと微睡み始めた頃、遠くの方で小さな音がした。

「・・・?」

目をうっすらと開けて音の正体を探る。

だんだん近づく音。

どうやら足音のようだ。

首を上げて辺りを見渡してみる。

視界の端に小さな何かが映った。

亡者だろうか?

暗闇ではっきりとは見えないが、子どものようだ。

僕の視線に気付いたのか、小さな影は木に隠れてしまった。

「ねえ、どうして隠れるの?」

影が隠れた方に向かって声を掛ける。

僕の声に反応したのか、小さな頭を恐る恐る覗かせる。

「出ておいでよ。何も怖いことはしないよ。」

木から離れてゆっくりこちらに近づいてくる。

月明かりが差し込み、漸く姿を見ることが出来た。

影の正体は、小さくて幼い鬼の子だった。

「こんばんは、こんな所でどうしたの?迷子かな?」

鬼の子は酷く怯えているようだった。

ああ、この姿だからか。

人の姿になろうと思った時、鬼の子が口を開いた。

「牛、さん・・・?」

不思議そうな顔で僕を見ているが、一定の距離を保ってなかなか近づいて来ない。

「牛ではないなぁ。うーん、何て言ったらいいだろうね。」

ますます怪訝そうな顔をする。

そりゃあ、怖いだろう。

人の言葉を話す獣など、現世にはいない。

「大丈夫だよ、お前を食おうなんて考えてないから。こっちにおいで。」

出来るだけ優しい声音で幼子を呼んでみる。

「・・・・・・」

少しずつ少しずつ近づいて来た。

「・・・見たことない姿ですね。貴方は・・・?」

首をこてんと傾げている。

「怖がらせてごめんね。僕は中国神獣の白澤。お前が見たことないのも無理ないよ。」

「神獣さま?」

「うん、本来は天国に住んでいるけど訳あって地獄に来ているんだ。」

正体を知ったことで少し安心したのか、幼子は僕の前に座り込んだ。

「真っ白で綺麗ですね。ふわふわしてる・・・」

小さな手が僕の毛を撫でる。

少しこそばゆいが、とても心地良い。

「ふふふっ。ねえ、お前の名前は何ていうの?」

「私は鬼灯と申します。50年ほど前に死んでから直ぐに鬼になりました。」

「鬼灯、か・・・綺麗な名前だね。」

「閻魔様が名付けて下さったのです。」

「そっか、閻魔大王が・・・それは良かったね。・・・ねえ、もう少しお前のこと聞いても良い?」

「ええ、良いですよ。」

それから、鬼灯は僕に色々なことを話してくれた。

物心つく前に両親に捨てられ、見知らぬ村に預けられたこと。

その村で毎日過酷な労働生活を強いられてきたこと。

雨乞いの儀式の生贄になって、その幼い命を失ったこと・・・

人間への恨みが強すぎた故に、鬼火に魅入られ鬼になったこと。

独りぼっちで行く当ても無く彷徨っていた所、閻魔大王に出会い新しい名を貰ったこと。

「よく話してくれたね、もう十分だよ・・・」

鼻先で鬼灯の頬を撫でる。

しかし、何か妙だ。

この子、自分の辛い過去を顔色一つ変えずに淡々と話していく。

まるで、何とも思っていないかのように。

辛くて苦しい筈だったのに・・・

「・・・おいで。」

優しく呼んでやると素直に身を寄せ、毛皮に顔を埋めた。

「よしよし、よく一人で耐えたね。辛かっただろう・・・?」

小さな身体を包み込むように抱いてやる。

「辛いなんて・・・それが当たり前だと思っていましたから・・・」

とても幼子が言うこととは思えなかった。

胸が締め付けられる。

「・・・そう・・・今はお眠り。疲れただろう?」

「ん・・・」

それ以上は何も言わずに、鬼灯を眠りに誘う。

瞼がゆっくり降り、やがて小さな寝息が聞こえてきた。

「おやすみ、鬼灯。」

無感情な鬼灯が気に掛かったが、あまり詮索しない方がいいだろう。

うっすらと隈ができている目元にキスをして、僕も眠りに就いた。
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