【短編】神代・黄泉(白×丁・白×子鬼灯)
□鬼の子
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驚いた、本当に・・・
鬼の子が小さな歩幅でゆっくり近づいてくる。
何を驚いているのか、とでも言いたげな表情だ。
「どうされました?」
小さく首を傾げる。
「ちょ・・・丁・・・」
その場から動けない。
この子は、丁・・・だよね?
鬼として生まれ変わったということなのか。
鬼の子が僕の目の前まで来て、足を止めた。
恐る恐る口を開く。
「ね、ねえ・・・丁・・・」
「何でしょう?」
「お前、僕のこと・・・覚えてるの?」
「?何を仰いますか・・・ずっと一緒に暮らしていたではありませんか。」
どうやら死ぬ前の記憶があるようだ。
未知なことばかりで、思考が付いていかない。
「丁が死んでからも、毎日会いに来てくれたではないですか・・・あの日の約束、ずっと守って下さったんですね・・・」
「・・・!!」
これで確信した。
この子は、紛れもなく丁だ。
どういうわけか、生前の記憶を持ったまま鬼へと生まれ変わったようだ。
こんなことは初めてだ。
「うん、うん・・・そうだね・・・。ありがとう・・・丁。」
小さな身体を抱き上げ、抱きしめる。
またこの腕に抱けるとは・・・
再び会えるまで千年でも一万年でも待つつもりでいた。
でも、その必要はなくなった。
愛してやまない子がこの腕の中に居る。
鬼の子だろうが関係ない。
丁は丁だ。
白い肌も、この黒髪も、宝石の様に輝く瞳も、全部丁のものだ。
柔らかい頬を優しく撫でる。
「私が鬼になった理由、訊かないのですか?」
擽ったそうに目を細めながら、そう尋ねる。
「ん?聞いたら話してくれるのかい?」
「もちろんです。」
「それじゃあ、訊こうかな?」
丁を抱いたまま木陰へと向かう。
そっと地面に座らせ、自分も隣に座る。
「実は、死んだあの日・・・本当はあのまま天国に行くつもりでした・・・でも、白澤様の側を離れたくなくて、その場に留まることにしたのです。
せっかく『いってらっしゃい』してくれたのに・・・でも、どうしても一緒に居たかったのです・・・」
「え・・・ということは・・・」
丁は笑顔で頷く。
「ええ、いつもあの花壇に居ましたよ。白澤様のお話とご飯が毎日楽しみでした。花壇の花も季節に合わせて変わっていくのがとても綺麗でした。
・・・お返事したくても、出来ないのが心苦しかったです・・・」
「・・・そっか。丁はずっと僕の側に居てくれたんだね。」
そっと、髪に手を伸ばす。
丁の髪に、いつの日かに供えた漆塗りの櫛が挿さっていた。
堪らなく嬉しくなって、頬が緩む。
「そして、3年目の命日に私の所に鬼火が来たのです。」
「鬼火が?」
「ええ、行く当てがないなら鬼にならないかって言われたのです。
私は、少なからず人間に対して恨みを持ったまま死んだので、鬼火の目に留まったのでしょう。」
丁の言葉に納得させられる。
そっか、そうだよね・・・
お前を死に追いやったのは、お前を邪険にしていた人間だもんね・・・
「私は断り続けました。だって鬼になったら、白澤様の側に居られなくなるかもしれなかったから・・・」
「でも、このまま魂だけで存在し続けても良いのかと思い始めました。それが丁度1年前です。」
「うん。」
「転生して、新しい生を受けて貴方を探しに行くのも手だと考えたのです。
どんな姿かたちになろうと、貴方に私の姿を見てもらいたい、そう思ったのです。どれだけの年月を重ねても・・・」
この子は、僕と全く同じことを考えていた。
どんなに先のことだろうと、お前に会いたい。
昨日までそう思って生きてきた。
「なので、私は鬼火と取り合うことにしました。鬼になって、貴方を見つけると決めたのです。」
「でも、お前はここに居る・・・不思議だね。」
「ええ、私にも分からないのです・・・。姿も角と耳以外はそのままですし・・・」
小さな角と尖った耳を指でつつき、首を傾げる丁。
「お前が毎日、僕のことを想ってくれていたから・・・かな?」
「そんな・・・白澤様こそ、約束といえど毎日会いに来てくれたではありませんか・・・」
頬を朱色に染めて俯く丁。
「ふふふっ・・・何にしろ、また会えて良かった・・・本当に・・・」
「そうですね・・・白澤様、ただいま戻りました・・・」
「!」
腕を伸ばし、その身をきつく抱き締める。
「おかえり・・・」
丁は腕の中で安心したように微笑んでいた。