銀土(原作設定)

□日曜日の嘘
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繁華街のはずれにある、オタクたちの聖域。そこはサンクチュアリと呼ばれているようで、初めて間近で眼にするものは煌びやかで明るい。自分が今までここに縁が無かったとはいえ、隣で嬉々として目を輝かせているのがこの男だというのは本当にいただけない。日曜日の午前中から連れて来られて、俺は機嫌が悪かった。
路上を歩いていても、隣でずっとしゃべり続けているコイツは、いつだってクールで、ムカつく程の色男、土方十四郎なんだと思うといい加減苛ついてくる。はあ、とため息を吐くと目ざとく俺に話しかけてくるのだった。
「あっ、坂田氏〜、ため息はいけないでござるよ、これからトモエちゃんの大事な時間なんだから。もちろん坂田氏にも手伝ってもらうでござる」
俺は睨みをきかせてはァ?と威嚇する。
「そそそそんな風に坂田氏はいつも僕のことを睨んで来るけどそういうのはいけないと思うだってぼぼぼくは非力だし弱くて…」
「…」
 そりゃあ、ため息も出るってもんだ。
あの鬼の副長さんが、こんな風に俺に睨まれただけで怖気ついて竦みやがる。胸糞が悪くてずっと胸がむかついているのだ。舌打ちを一つして、報酬は弾んでくれるんだろうな、と冷たく言う。
「勿論でござる、頼んでおいて報酬は無いなんてオタクの風上にも置けないでござるよ〜」
 軽い口調で話すこの男を、俺は怪訝な顔で見る。
 切れ長の目。ムカつく程のストレートの髪の毛。
 逞しい腕に、低い声。その姿に変わりはない。変わったのは、中身だけなのだ。
 会うたびに喧嘩していたあの強い男がこうなってしまっていることに、俺は何故こんなにも腹が立っているのだろう。
「あ、坂田氏〜、走るよ、走って!」
 突然言われて、腕を引っ張られる。弱弱しいこの手は鬼の副長のものではない。簡単に振りほどけそうな、握力。アイツを思い出して俺は少し悲しくなる。当の本人がいないのに、身体だけ置いてけ堀の真選組副長は、一体今、何処で眠っているのだろう。身体の中で、俺の声を聴いているのだろうか。
「はい!みなさん、おひとり様一個、限定品ですからね!整理券を必ず…」
 店員が説明を始めるのを、俺は鼻糞を穿りながら聴いていた。何だってここは男ばかり。しかも小太りの連中が多いもんだから、何となく男臭くて辟易する。何が悲しくて俺はこんなところにいるのだろう。
「坂田氏、準備はイイでござるか、この整理券を握っているでござる。坂田氏のはボクの保存用になるフィギュアだから、しっかり家まで汚さずにお願いしますよそうそう、あの鬼人の如く戦地を行くアルスラーン戦記のダリューンのように」
 そうか、俺はフィギュアの為に此処に来たんだった。再三説明されても自分の興味がないため全く頭に入ってこないのだ。
「あー…何?俺も買うって事…へえへえ…全くこんな事の為に俺連れて来るたァ…イイ度胸してんな、オイ。新八でいいだろ…おんなじオタク同士仲良くやれよ」
すると血相を抱えてトッシーは噛みつく。
「ささ坂田氏!あいつら三次元オタクと一緒にするとは、侮辱でござるよ!ボク達二次元オタクは現実の女子を愛せない…トモエちゃんが一番なのに、それを…あんなアイドルのようなビッチに…」
 このオタクに何故こんなに力があったのかという程、きつく胸倉を掴まれる。あ、そうだ、コイツ土方だった、と思い直して俺はまた苛ついた。大体、コイツ土方の身体にいる自分をどう思っているのだろう。こうしている間にも、真選組は、もしかしたら窮地に立たされているかもしれない。なんせ鬼の副長さんがいないのだ。俺を睨むその瞳の色が弱くて、俺はため息を吐く。アイツはこんな風に俺を見ない。もっともっと…殺されるかというくらいの殺気を込めて、冷たい瞳で睨んで来る。なんで土方はコイツに乗っ取られてのうのうと眠っているのだろう。それとも深い眠りの奥底で、やきもきしているのだろうか。
「坂田氏っ…!」
 今にも泣きそうなトッシーを見て、俺は分かったようるせェ、と言った。正直言って、こんな姿は見たくなかった。
 元々こんな男ではないはずなのに、そう思うと自分の中にどんどんどす黒いものが浮かんでは消える。俺はポリポリと頭を掻く。
 丁度自分たちの番が来たのか、整理券を、という男達が目の前に現れる。
「ほら、順番だぜ」
 トッシーに声を掛けると、途端に目をキラキラと輝かせて整理券をポケットから出した。
「ああああ、あのあの、これっ…」
 その瞬間、後ろからドンと強く押されてトッシーの身体が前に倒れそうになった。それを抱きかかえると俺はそいつを睨む。
「な、なんだよ…僕は何もやってない」
 小太りの顔面に面皰のできた面構えのそいつは、しらばっくれてもうこっちを見ようともしない。ちっ、と舌打ちするとトッシーの身体を抱き起こした。
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