おはなし

□自販機の恋
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「当たったら僕と付き合ってよ」
つい口から出た言葉を自覚した途端、頭を抱えた。




カラフルに彩られたクリスマスの余韻も覚め,年末に向けて忙しなく動く人々で街は賑わっている。そんな街の喧騒からはほど遠い殺風景な路地裏の,自販機の前。ロマンもへったくれもない,当たり付き自販機に全てを委ねた情けない告白だった。
恐る恐る視線をコーラから彼女に向ける。肝心のキドはというと、ぱちくりといった効果音が相応しい表情で,ふざけたことを言うなと飛んでくるかと思った拳は白いダウンのポッケにつつまれたままだ。
その反応から、夕焼け小焼けのメロディがかき消してくれないかな、なんて馬鹿な期待はサンタさんにさえ鼻で笑われているであろうことを悟る。
断られるのが確定している告白の返事を待つ時間ほど怖いものはない。だが、長く続くかと思われた沈黙は案外すぐに破られた。

「いいぞ」

了承の返事だった。

「え?ほんとに言ってる?僕が言ってるのはショッピングに付き合ってとかじゃなくて、」
「つまり、お前は俺と恋仲になりたいってことだろ?」
「……そうだけど」

あっけらかんとしたキドに、逆に僕は狼狽えてしまう。直後、OKってことはもしかして両思いとか、初デートに着ていく服装とか、みんなへの報告はいつにしようだとかの妄想が頭の中をすごいスピードで埋め尽くした。その煩悩を打ち払うかのように、ただし、とキドは付け加える。

「当たらなかったら、一生付き合わない」

出会った頃から変わらない、綺麗な顔でにっこりと微笑んだキドがそこにいた。

ああ神様、来年の運って前借り可能でしょうか?




チャンスは全部で8回あった。

「ほーら、ラスト一回だぞ」

楽しそうなキドの煽り声に、未だにも当たりを出してくれない自販機を睨みつける。ラストチャンスが迫っていた。

「なんでキドはそんなに楽しそうなの」
「焦ってるカノの顔が面白くてな」
「あのさぁ」

キドの運命もかかってるの分かってんの?と、なんだか全く意識されてないのが悔しくて口を尖らせる。
そもそも今日気持ちを伝える気なんてなかったのだ。本当だ。来週に控えたキドの誕生日にとびっきり素敵なプレゼントを用意して,その翌日に満を持して告白する。 そんな算段だった。最近はその事でずっと頭がパンパンだった。
そして今日、朝から夕方までかかったアジトの年末大掃除はようやく一段落をみせて、飲み物の買い出しにキドとふたりで駆り出された。そういや自販機の当選確率は2%ぐらいなんだよなー。告白とどっちが成功する確率高いんだろなー、当たる確率の方が高そうだなーって考えてたら、口をついて出ていた。
で、ことごとく4桁のゾロ目は揃わず、残すは1本。
これから先、キドと付き合えない未来が確定するぐらいならもう引きたくないとさえ思ってしまう。

「ゴミ拾いでもしようかな……」

もはや現実逃避だ。

「今更足掻いても無駄だろ」
「そんなことないよ……ってあっ…ちょっ…待って!!!」

水仕事で少し荒れた、白くて細い指がカフェオレのボタンを押した。ピッと音を立てて、ふたりの未来を決めるルーレットが動き出す。
「徳 積む方法 今すぐ 」を脳内で検索しても何も思いつく訳もなく、僕にできたのは地面に膝を着いて自販機に嘆願することだけだった。

「7、7……」

キドがルーレットの数字を読む。ゴクリと唾を飲む。8秒間がすごく長い。


「…7………………8。」

当たらなかった。
無慈悲にも、呆気なくも。チラリとキドを見上げる。特に落胆した様子も喜ぶ表情もない。
当選確率2パーセント。キドもそれを知って受け入れたのだろうか。儚い期待は本当に儚かったってこと?自販機の数字も、僕の能力で欺ければいいのに。もはや何も考えられなかった。

「そんなに落ち込むことか?」

いったいどれほどの時間放心していたのだろうか。それほど長くはないだろうけど、キドの呆れを含んだ声で現実に帰る。

「キドにはとってはちょっとでも、僕には人生の一大事だったんだよ」

熱くなった目頭をグッと押さえる。たった今振られたけど、さすがに好きな子の前で涙を見せたくない。とは言えそんな僕の様子を察したようで、今度こそ長い沈黙が場を支配した。明るく笑って誤魔化してあげたいけど、今キドの顔を見たらいよいよ本格的に泣き出してしまいそうで、顔を上げることが出来ずにいた。

「……ココア」

キドは気まずそうに頭をかいた。

「へっ?」
「明日はココアがいい」
「……どういうこと?」
「あー、もう……察しの悪いヤツだな」

手を差し伸べられて、立ち上がる。キドが決まり悪げに逸らした視線は、空中をふよふよと漂ってた。

「当たるまで、何度だって買えばいいだろ」
「それって」

それって、キドも僕と恋人になりたいってこと?キドとの未来を諦めなくてもいいってこと?
触れた手から身体中にじりじりと熱が伝播する。コートなんて要らない。さっきまで真っ暗だった世界は途端に明るさを取り戻した。抵抗虚しく口角が上がるのを感じる。

「カノって誤魔化すの下手だよな」

解いた手でおでこをパチンと弾かれる。メカクシ完了って宣言する時みたいに、生意気で満足気な顔で笑っていた。

「 " 欺く" に頼りすぎだったんじゃないか?」

それだけを言い残し、キドはアジトの方へスタスタと歩いて行ってしまった。
自販機の反射でも分かるほど、僕の顔は夕焼けにも負けず鮮やかだ。

「今年中には当てるから!!デートに何着ていくか考えといてよね!」

せめてもの意趣返しにと背中に向かって叫んだ。
当たってから考えとく、と短く返ってきた。
8本のペットボトルとともに残された僕は、キドの手のひらでコロコロ見事に遊ばれたってわけだ。してやられた、って感情より心の奥底から溢れかえる喜びとか、これから待ち構えている幸福が勝った。

「……キドだって隠せてないじゃん」

ふわふわのダウンと翡翠の髪から覗く真っ赤な耳。
さて、まずはゴミ拾いにでも行こうかな。



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