おはなし

□守られるばかりは嫌だ
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守られるばかりは嫌だ。



ガチャリ、とドアの開く音が聞こえて、キドはレポートを書く手を止めた。
パソコンの右はしの時計を見ると、17:10。最後に見た時より3時間も進んでいる。
レポートはあと30分くらいで終わりそうなところまで進んでいて、切り上げるか切り上げまいか迷う。
一度切れた集中力はなかなか戻らないものだ。今からやっても夕食どきまでには終わらないんじゃないか?
心なしか長時間ブルーライトに当てられ、酷使された目も痛い気がする。


「……よし、今日はここまでにするか」

そうと決まれば即決行。ファイルを上書き保存して、シャットアウト。白いニットの袖をまくり、ぐっと伸びをすると大学生になって履くことの多くなった赤いスカートが揺れた。






「カノ、おかえり」


今日の夕飯はどうしようか。
さっき帰ってきたのはカノだろうな。セトとマリーは帰ってくるのだろうか。
今日は自分以外の3人は朝から出かけていた。
カノはショッピングモールに行くのだと言っていた。セトとマリーはデートで、少し遠出して有名所のイルミネーションを見に行くらしい。なんせ朝から夜までだからマリーの体力によってはどこかのビジネスホテルに泊まってくるだろうし、マリーが写真を送ってくれるみたいなので夜が楽しみだ。
そんなことをぼーっと考えながらリビングに向かっていると、予想通り帰ってきていたカノとばったり会った。
洗面所に向かう途中だろうか。


「あれっ!?えぇ……と、ただいま。キド居てたんだね」


猫目を見開いて、驚いた表情をしている。
別に、能力も使ってないのにそこまで驚く必要ないだろ。失礼な。
ああ、そういえば。


「今日の晩御飯、何か食べたいもんあるか?」

「んーなんでもいいよ」

「それが一番困るんだよ」


決まらないから聞いてるんだ。それぐらい察しろ。
恨めしげに軽く睨むと、カノは大げさに怯えたふりをした。
買い出し行かないとキツいけれど、
ご飯はお昼のあまりが炊飯器のなかに入ってる。他に、卵にハム、玉ねぎににらウインナー、鮭……は昨日食べたな。あとはカニカマもあった。

「じゃあオムライスがいいな」

「よし、かに玉にするか」

「いやいやそれ聞いた意味ある!?」

「なんだよ……ケチャップなくてもいいならオムライスにするけど」

「ケチャップのないオムライスなんてオムライスじゃない!!」


カノが避難めいた声をあげる。
悪いなカノ。もともと少なかったケチャップは俺の昼ごはんのために犠牲になったんだ。

何でもいいと言ったくせに不服そうなカノを置いて、リビングへの扉を開けた。


12月の室内はずいぶんと冷えていた。キドはふるりと身震いをする。無意識に暖房のリモコンへ手を伸ばし、すぐに引っ込めたものの、今月の電気代と相談して結局手に取った。
大学生になってからは自分もカノもバイトを始めたので、セトの負担が減った上に家計にも余裕ができた。それに、今の時期に風邪を引いても困るし、病院代ももったいないと納得することにした。
家計に余裕がでたといっても、それぞれの給料から一定額を差し引いて家計に足し、残りのお金を各自の自由に使えるお金としているので前とあまり変わらないのだ。

かに玉を作るにしても不足している材料はないかと確認にキッチンへ向かおうとしたところで、机上に見慣れない紙袋がふたつ、並んでいることに気が付いた。
カノが買ってきたものだろうか?
グレーの小さな紙袋と、もう一つもこれまた小さい茶色い紙袋だ。
茶色いのはショッピングモール内にある雑貨屋さんのものだろう。キドも何回かそこで買い物をしたことがあった。
キドはグレーの紙袋を手に取った。単純に興味が湧いたからだ。そのまま、黒の箔押しで綴られたロゴを指でなぞった。


「スタージェ……スタージュエリー?」


スタージュエリーってたしかあれだよな。ジュエリーショップ。CMで何度か見かけた有名なところ。
キドは袋をまじまじと見つめた。この中にもCMで見るようなきらびやかなネックレスや、シンプルなデザインの指輪が入っていたりするのだろうか。
そしてこれを贈られた相手も、テレビの中の女性のように赤いリボンをしゅるしゅるとほどいて、姿を現した装飾品たちに胸を踊らせるのだろうか。

何を隠そう、キドが一番気になっているのはこのプレゼントの相手だ。
お姉ちゃん?モモ?それとも、名前も知らない誰か?
まだプレゼントと決まったわけでもない。カノが自分用に買った可能性もある。
でも、もしプレゼントなら、その相手は自分であってほしいと思う。

カノとは大学1年のときから付き合っていて、今年で4年目になる。周りの雰囲気も年齢的にも、ティファニーや4℃などといった名前を聞くことが多くなる時期だ。結婚、という単語と共に。
キドの友人のなかにも、つい最近彼氏からプロポーズされた子だっている。結婚の時期も人によって違うがこれが俺宛のプレゼントで、中身が指輪なんて考えてしまってもバチは当たらないだろう。
その時、洗面所のほうから足音が近づいてきた。扉が、勢いよく開かれる。焦った様子のカノが扉から姿を現した。
次に、キドが紙袋を持っているのを見ると数秒間静止し大きくため息をついた。「間に合わなかった」と顔に書いてある。


「カノ、これどうしたんだ?」


今更見てないフリもできなくて、できるだけなんでもないように問いかければ少しの期待に語尾が上がった。
「あ〜」だとか「う〜」だとか目を左右に泳がせて、カノは唸っている。


「ショッピングモールに行ったら、クリスマスにどうですかって……言われて……」


それだけ言うとまた口ごもってしまったので、少し意地悪をすることにした。


「カノ」

「なに?」

「他に彼女でもできたのか?」

「それは絶対ないから!!!!」

「っはは……知ってる」


知ってる。お前が俺にベタ惚れなことくらい。
そうでもないとわざわざ俺のサークルまできて「キドは僕のだから」なんて恥ずかしいこと宣言しないだろうし、カノが行き先行く先で俺のことを話すから、初めてあった人でも俺のことを知ってたりしてびっくりする。
なりより、優しい。


「言いたくなかったら言わなくてもいいぞ」


カノは少し迷って、やがて決心したかのように前を見据えた。


「本当は、クリスマスに渡す予定だったんだけどね」


そう前置きして、それ貸してと目線で訴えられキドはグレーの紙袋を渡す。
カノは中から、手のひらサイズの箱を取り出した。そしてキドに向き合う。
いつになく真剣なカノの表情が、キドの鼓動をはやめた。


「ぼくたち、あと4ヶ月ぐらいで大学も卒業だよね。僕とキド、もう別々の会社に内定が決まってるし今まで通りにはいかなくなる。キドが離れていっちゃうかもって怖かったんだ」


カノは床に片膝をついた。箱は差し出したまま。
どこかで見たことのある光景。こっそり読んでいた少女漫画だとか、ドラマのなかのカップルだとか。
キドにはこれから続く言葉がわかった。

密かに夢見ていたものが、今、ここにある。心臓がよりいっそううるさい音をたて始め、1歩離れた先にいるカノにまで聞こえそうだった。

開けてみて、と言われてキドは震える手で赤いリボンをひいた。役目を終えたリボンが床に落ちる。
カノが小さな箱を開けた。
なかには、ホワイトゴールドの土台に1粒のダイヤモンドが埋め込まれた、1対のピアス。


「指輪をあげる勇気はなかったんだ。まだ、就職もしていないしね。だから、ちゃんと働き始めて1人前の社会人になれたら。キドを幸せにできる自信ができたら、今度はちゃんとした、給料3ヶ月分の指輪を買ってもう1度プロポーズするから、どうか、キド……ううん、木戸つぼみさん。
僕と、結婚してください」


キドの両目から涙が溢れた。1滴、2滴……ぽたぽたと零れて床に水たまりを作っていく。
急に泣き出したのにカノは驚いているけど、キドは幸福を全身に感じていた。大好きな人とこれからもいっしょにいれる約束をすることが、こんなにもしあわせだって知らなかった。
同じ苗字を名乗れることが、こんなにも幸せだったなんて。
CMのなかの女性の気持ちが痛いほどわかった。
幸せで、しあわせだからこそ苦しくて。苦しいけど、しあわせだから涙が出る。

いつの間にかカノも泣いていた。ふたりの涙が混ざりあって、ダイヤモンドのように綺麗だった。


「キド、返事は?」


聞かれる前から返事なんて決まっていた。応えなんて決まってるのに、不安そうにするカノにキドは思いっきり抱きついた。


「はい。よろこんで」







ひとしきり泣いたあと、ようやくピアスを付けようという話になった。
もちろんふたりともピアスホールなんて開けていなかったので、カノが雑貨屋で買ってきていた、茶色い紙袋のなかに入っていたピアッサーで開けることにした。
開けるのはキドとカノのふたり。
一緒に付けたいというキドの希望で、一対のピアスを半分個することにした。

キドが半分個したいと言った理由は実はもうひとつある。
片耳ピアスの意味は、右が守られるもの。左は守るもの。

ふたりで息を合わせると、キドの左耳に定められたピアッサーが、ガシャン、と子気味良い音をたてた





END

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