おはなし

□恋愛ゲーム
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恋愛ゲーム


「どちらかがお互いにドキドキしたら終わり。その時点でゲームオーバー、僕達は二度と会わない。せっかくのゲームだし、商品も付けよう──ここは王道にお互いに好きなことを命令できるってことにしようか。それで、いい?」

こくりと、頷いた。
もう一度確認するように言葉をなぞる。

「いいんだね。期限はなし、恋人ごっこのスタートだ」


◇◇◇◇◇

「ねぇ、僕そろそろケリ付けたいんだけど」

ソファーで雑誌をぱらりと捲っていたカノが唐突に言い出した。
昼間のアジトには3人しかいない。セトは今日もバイト。マリーは部屋に閉じこもっているので、これはキッチンで昼食づくりに勤しむキドに向けられたことになる。

「何を今更」

キドはむっと眉間にしわをよせて、素っ気なく返した。
何を今更。中2の冬に交わした約束は今年で3年目を迎えて、そんな約束をしたことも忘れかけていた頃に。
でもパッとキドが約束のことを当てはめたのは、心のどこかで強く覚えていたからかもしれない。

「今年で恋人3年目だよ?」
「うん」
「僕らもそろそろさ、お互いの立ち位置を決めた方が良いと思うんだよね」
「それであの約束を思い出したと」
「そういうことー。で、僕にドキドキしたことある?」
「ない。あーお前の毛の将来が心配でドキドキしたことはあるな。カウントに入るのか?」
「ひどいっ!入りませんー」

ケタケタと声を上げて笑ってるあたり本当にひどいとは思っていないのだろう。
カノも俺にドキドキしたことがあるのか?そう聞こうとしたキドだが、自分と同じような応えをするカノが予想できて、弄られる前に喉に引っ込めた。
ソファーのスプリングが軋む音がして、足音がこっちに近づいてくる。
お昼ご飯の準備があらかたできたから、いつものようにつまみ食いに来たのだろうか?
ちょうどいい。味付けでも見てもらおう。

「カノ、つまみ食いならついでに味見──」
「キド……」

後ろから不意に抱きすくめられて、味見用につまんでいた野菜炒めを落とした。
あまりにも予想できないものだったから、身体が強ばって肩に回される手を振り切れずにいる。
なんとかキドが身じろぐと、さらに強く力を込められた。
「……ちょっとカノ」
首筋に埋められた頭の、毛先が当たる部分がこそばゆい。
触れられているところが、カノの体温だけではなくて、熱くなっているのは分かっていた。
カノがなぜ自分にこんなことをしているのかも。

「どう?ドキドキした?」

温かい温度が逃げていく。キドは不甲斐にも名残惜しさを感じながら、自由になった身体を動かすとカノが吹き出した。

「キド顔真っ赤!この勝負僕の勝ちかな?」
「うるさい!びっくりしただけだ。ドキドキなどしていない」
「あっそ」

確かにキドの顔は赤くて、照れていることは誰の目にも明らかだった。
だが、本人が認めない以上勝敗を下すことができないのだ。それがこの3年間もうだうだとゲームが続 いてる原因だった。
全くもう、しかたないなぁ。キドは。
カノは心のなかでため息をついた。
今日こそはこの意地っ張りな娘に、負けを認めさせたい。

「ほら、昼飯できたからマリー呼んで来い!」

ゴミでも払うような手付きでぽいっと放り出された。
さて、どうしようかな。

◇◇◇◇◇

ソファに腰を落ち着け雑誌を眺めていると、昼食の片付けを終わらせたらしいキドがリビングにやってきた。
ご飯をたべたあとは1時間ぐらいお昼寝してから洗い物をするので、3時のおやつを持って。
トレイに乗せた、昨日マリーと作ったという生チョコレートと、コーヒー2杯を机に置いた。

「ありがと」

どういたしましてと言葉には出さず目で返事を返された。
1口コーヒーをすすって、手作りの生チョコを口に放り込んだ。冷蔵庫で冷やされた生チョコは、口に入るとひんやりとした甘さからすぐにどろりと形を変える。
もうひとつ口に運んだ。また同じように形を変えて溶けていく。

「キドはさ、ゲームを始めたきっかけ覚えてる?」
「覚えてる」

返事が来ないかもとカノは心配したが、即答された。

「バレンタインの前だったよね。2週間ぐらい前だっけ?」
「お前もつくづくひどいやつだよな。ホワイトデーのお返しが面倒くさいからチョコレートは要らないけど、わざわざ断るのもウザイから付き合おうとか。贅沢だな」
「キドだっていい男避けになったでしょ?毎回毎回断るのも悪いからってことで付き合ったんじゃない。利害の一致だよ双方合意の元だったしぃー」
「うるさいな」

「じゃあさ、」

ツン、と突っぱねられて、それが自分のカンに触ったらしい。
突っぱねられることなんて、いつものことなのに。
自分のなかに、焦っている自分が居たのかな?
それともゲームのことを思い出したから?
自分のことがわからない。
気が付いたら目の前のキドを押し倒していた。

◇◇◇◇◇

すり、と猫のように頬を寄せられればぴくんと身体が跳ねる。
カノが少しでも動く度に、反応してしまう自分が憎らしい。
上半身にも下半身にも、カノの体重が掛かっていて動くことが出来ない。
カノがなぜ自分を押し倒したのか、分かるようなわからないような感じでもやもやした。
どうして、こんな可愛げない女を、カノは嘘であれも恋人に選んだのだろう。
自分は漫画の中の女の子みたいなカワイイ子ではない。
姿見に映る自分。目つきが悪くて、背が高くてアイドルみたいに可愛くも笑えないうえ、落差のない胸。
そんな自分を見る度苦しくなった。
マリーみたいに可愛く素直に笑えたらなぁ。
キサラギみたいな大きな胸で、アイドルとして人を惹きつけられるような魅力が俺にもあったらな。
──でも、俺には無理だろうな。
部屋には可愛いぬいぐるみやスカートだけが溜まっていった。決して人前で履かれることのないスカート。
可哀想に。鏡に映されてはため息をつかれ、タンスのおくに仕舞われる。
カノに、惚れてもらえるような女になりたい。


この状態になって数分。
足を動かそうとしたが、足首から下がかろうじて動くだけでどうにもならない。両手首は相変わらずソファーに抑え付けられたまま。
振り切ろうとしてもびくともしなくて、男と女の圧倒的な力の差を見せ付けられた気がして悲しくなった。
自分は女性にしては力が強いほうだから、カノなんかに完全に負けることはないと思っていた。
お昼はびっくりしたから勝てなかっただけとか。

そんなこと、なかった。

できる限りの力を出し切っても、1ミリさえ動いてくれない手首。
今までカノは手加減してくれてたんだなぁ、とキドは気付いて悔しくなる。
押しかかる体制だからか、息が首に当たる。
キッチンでは気にならなかった、息がかかった首が熱い、熱い熱い熱い。
昼間とは比べ物にならないくらい、熱い。
カノが呼吸をする度に、キドは息がかかった首筋がぴりぴりと痛む。
怪我とか、そういうものじゃなくて、カノに触れられるところ全てが熱い。
顔も、両手首も首もお腹も足も。直接は触れられてないはずの、胸も。
こんな至近距離だからカノの匂いも当然鼻に届いた。
ドキドキを追い越してずきずきと痛む胸は、この状態から意識を他に向けることを許さなかった。
こうしてソファーに押し倒されてから、カノがしたことと言えば顔をすり寄せるだけ。
それだけでこんなになってる自分が虚しい。

「キド──どきどきした?」

認めたくない。今認めてしまえばカノはアジトを出ていく。──兄妹なんだから、恋愛なんかしちゃダメでしょう?なんて言って。
ぬるりと、耳に息が触れる。

「ひっ」

頭がクラクラして上手く働いてくれない。
ニヤリと笑ったカノの顔。同じような顔は何度も何度も見たことがあるけど、この顔はない。切羽詰った笑みは。
胸が痛んでたまらない。頭が、思考がついていかない。

「どきどき、したから離せ……!そこからどいて……」

「そう」

言ってしまった。拘束されていた手首が自由になり、身体中にかかっていた体重から開放される。
たった一言で、あっさりと開放したカノの言葉に、満足さをキドは感じた。
一件キドが負けたように見えたゲーム。
キドには、勝算があった。

「じゃあ、僕は出ていくから。荷物はまた取りに来るね」

──サヨナラ

そう言って自分の部屋に戻ろうとするカノの胸ぐらを掴んだ。大きく見開かれた猫目を確認して、心を決めて一気に唇を奪った。
1秒、2秒ではなく十何秒も。
反論なんかさせないように。
薄いカノの唇からは、確かな温度を感じた。
柔らかい。少女漫画のなかの男女が、何故こぞってキスをしようとするのかたった今答えが出た。

息が苦しくなって、キドはようやく合わさった口を離すと固まったカノの顔を確認した。
赤い。
飄々とした態度からは想像できないほど。
キスされても、それが十何秒と続いても押し返せない、動けないくらいには。
自分も同じくらい赤くなってるんだろうけど、それは棚に上げとく。
呆気に取られて欺きもしないカノにキドは向き合う。

「勝負には例外があるもんだ。3年前のお前も、そう言って例外をひとつ作った」
「忘れたとは言わせねえぞ。お互いに惚れちゃった場合はな」

「……本物の恋人になって、そのまま結婚しちゃおうかって言ったね」

「お前は今、俺にキスされて、ドキドキして赤くなった。異論は認めない」


この意地っ張りな娘をさて、どうしたものか。
異論は認められないみたいだからね

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