おはなし

□午前2時の散歩
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I lose myself in love V

寝返りを打つ音が聞こえたら、そろりとベットを抜け出す。
どれだけ遅く寝てもパチリと、自然に目が覚める、午前2時。
明日久しぶりにバイトもなくオフなセトと出掛けるんだと、久しぶりの外出に浮かれ意気込んでいたマリーも、布団に入れば簡単に眠りに落ちた。
いつもなら、このまま寝る。いつもなら、布団を抜け出してもせいぜいお手洗いか水を飲むくらいで睡魔におとなしく従う。
でも決まって、雨降る夜だけ、みんなが寝静まったのをみて、足音を忍ばせて街に出る。
暗い路地裏を抜けて、気まぐれに街を歩き回って帰路につく。小さな傘も持たないで。
思うがまま、誰にも邪魔されないでひとり夜の街を歩く。
そんな気まぐれな散歩は、まばらな雨がコンクリートを打つ今日も決行されていた。

散歩に出発する際、戸締りには特別気を使う。普段気にもとめないものが微妙に位置が変わっていたとしても不思議には思わないが、部屋のドアを開けっ放しだと、すぐにバレてしまう。フワリとした白い髪の少女はそうそう起きることがないが、ふたりの幼馴染がトイレにふらりと起きられたら大変だ。
部屋のドアを締めたのを確認して、アジトのドアに手を掛ける。
カチャリと小さな音がしたが、誰かが起きてくる気配もない。後ろ手にドアを閉めて、今夜も無事秘密のままで出発できたことに、ほっと息を漏らした。

ぽつぽつと雨音がパーカーを濡らす。水玉模様はあっという間に1面に広がった。
小雨ですぐに上がってしまいそうな天気模様に、おとなしく寝るかの選択を迫られたが、歩くことにした。
この、水を吸って重くなったパーカーを見たら、幼馴染ふたりはどうするだろうか。心も顔を鬼にして怒るだろう。風邪でも引いたらどうすると。
外出禁止を言い渡されるかもしれない。寝てるうちに脱出しないよう、川の字になって寝なくちゃいけなくなるのは……嫌だ。いい歳して恥ずかしすぎる。

少なくとも雨の日の夜の秘密は、ふたりにばれるまでは続けるつもりだった。
無理矢理にでも秘密を作っておけば、ほかのことに目を向けなくていいから安心する、
そんな理由で成り立った散歩
気づかれれば即ゲームオーバー。
気付かれない、気づかせない秘密のゲーム。
無力な子どもはさっさとあたたかいお床で寝ろ。そんなことはわかってる。わかってるからちょっとぐらい反抗してみたくなった
ダメって言われると余計にしたくなるアレに似てる気がする。
雨は嫌い。じめじめするし、気分がなんとなく落ち込む。雨の日を散歩に選んだのは、それもあってだった。
なんでもいいから、とりあえず反対のことをしてみたい。どんだけくだらないことでもいい。世間ではこれを、反抗期だとか天ノ邪鬼と呼ぶ。
たまには、雨に打たれて感傷に浸るのも、いいと思うんだ。
いつもなら鼻で笑って素通りする廃工場に集って馬鹿騒ぎするやつも、今日はいない。

これからオレ達と遊ばね?やーよ、今日はほかの男の子と遊ぶ約束したんだもの。つまんねーの。明日なら空いてるわよ?どう?

明るい髪は何度も染め直されてボロボロ。そんな女を誘うぐらいだから誰でもいいんだろうね。自分も尻軽オンナに見えるよう上手く欺けば簡単にあの中に入れるのだろうか。あの世界に。ああ、大人になり損なったオトナはこんなにも汚い。
自分はまだ大丈夫、そう安心するのは自分の心が汚いからだ。誰かを下に見て、優越感を得る安心する、人間の常套手段。
なにが、とは言えないがその人より自分は価値がある。自分の価値を信じないといきていけない。人間ってそんな生き物だったような。
雨の日の夜は、その感情でさえ掻き消してくれる。
普段なら能力を発動させ、野良猫たちと共に知らんぷりして通り過ぎるところを雨の日は靴音を大きく鳴らして通れる。
日頃のどうしようもない感情を発散するために電柱だって蹴れる。
それは雨音に少し邪魔されるけど、靴が汚れるの了承で水たまりに思いっきりのジャンプで突っ込むのは気持ちがいい。
服が汚れようが、どうせ濡れているのだから関係ないこと。
できる限り汚して、帰ったらすぐに予約時間ギリギリの洗濯機に突っ込んでなにも知らぬ顔で寝る。
朝起きれば何も無いようにバイトへ向かう幼馴染に挨拶する。
目の下の隈は雨の音でなかなか寝付けなかったとでも言えば、頭を少し傾げられるだけで誤魔化せた。

にゃー

1歩、歩く事にパーカーから水滴が1滴2滴落ちる。
落ちた水滴は雨と同一化して、見分けがつかなくなった。探すように雨水を目線で追っかけるも2歩歩けばひとつの確率で在る、水たまりに吸い込まれていった。

1匹の黒猫が足元に顔をこすりつけるように擦り寄ってくる。雨に濡れた黒い毛並みは猫を見窄らしく見せた。
服も買い与えられないで暮らす、少年のように。親に殴られた跡を隠そうとする少年のように。捨て猫だろうか?

「おいで」

ぽつ……ぽつ……と落ちていた水滴は時間が経つにつれより密度を大きくしていった。
土砂降りでも構わない。雨は空中のチリなどを落としてくれるらしい。
ぽたぽたと当たり、滑り落ちるほど自分も洗われてる気もするから。
自分の身体を傘がわりにでもするつもりだったのか、指し伸ばした腕に素直に抱かれる猫が恨ましく思った。
いつもは逃げるくせに、こういうときだけは。
そうだ。生まれ変わったら猫になろう。それまでは真似っ子遊びで妥協してやろうじゃないか。

「ここじゃなんだしな……」

きょろきょろと周りを見渡して、公園に入った。
東屋のようなものを見つけたので、ありがとう雨宿りさせてもらう。っていっても服はありったけの水を吸い込んだ後なので、気休めに。
パーカーを脱いで、絞るとペットボトル2本分はありそうな量の水が落ちた。心なしか身体が軽い。
隣の黒猫も、ブルっと小さな身体を震わせて水分を飛ばす。

「おそろいだな。……ひとつ、お前に話そうか。嘘つきの少年の咄だよ。
もう十何年前になるのかな。少年は母親とふたりで暮らしてたんだ。その母親はいわゆる水商売をしていてな、仕事で溜まったストレスを一人息子にぶつけていたんだ。根っから母親も悪いやつじゃなかった、その証拠に殴ってしまったあとは泣いて謝った。その息子はそんな母親のことが大好きだった。
どんなふうに息子が思っていようが、周りにはそうは映らない。“水商売をしている母親とかわいそうな息子”それをどれだけ否定しようが身体の傷を指さされては何も言えなくなる。
虐待されている という証拠が自分自身の身体にあるのだからたまったもんじゃない。
それからは傷を隠すのに一生懸命になった。夏でも長袖長ズボン。笑おうとした。
そんなふたりっきりの家族の家に、強盗が入った。少年は大好きな母親を守ろうとしたし、母親も命をかけて守ろうとした。
そしてカゲロウデイズに呑み込まれ──“目を欺く”能力を与えられた。
それからは親戚をたらい回しにされたそうだ。
それから孤児院に連れてかれ、楯山家に引き取られて今に至る。
少年は弱虫で泣き虫野郎だった。でも幼き頃から隣にいる少女は少年のようになりたいと望んだ。だからその少年の真似して夜歩いて、少年と出かける日が被るといけないからわざわざ雨の日を選んで土砂降りのなかに飛び出して。真似した気になってカッコつけてたんだよ。──それが俺だ。
……なあ、カノ。これで満足か?」

知らんぷりを突き通そうとする黒猫を見つめると、金色の瞳の奥に赤が覗いた。
次の瞬間で、見慣れた黒パーカーを着た少年、カノがあちゃーと言いながら立っている。なんでバレるかなぁ。
見慣れた姿とひとつ違うところは、カノの黒いパーカーも酷く濡れて、白い肌にピタリと吸い付いているところ。

「……なんで傘をさしてこなかったんだ」

「キドにいわれたくないんだけどなぁ!
でもさ、キドも僕もびしょびしょだからさ、」

おそろいだね、稀に見る欺かない笑顔。
違う、そういう意味じゃない。分かってるくせに。ばーか。あほハゲ。
それでも、顔が熱くなるのが分かった。
きっと今の自分は耳まで真っ赤で、少女漫画で見るような女の子の顔になっているのか?
咄嗟にフードを被ろうとして、空ぶった。
そうだった、パーカーは脱いだままだった。
すぐそこに穴があるから入ろうと思う。

「さて、帰ろうか。このままだと風邪ひいちゃうよ? あと、コンビニ寄ろっか」

言われるがままに手を引かれて、二十四時間営業のコンビニへはいった。
突然現れたずぶ濡れの客に、店員さんは驚いたようだったが特に気にした様子もなく会計が済まされた。3つのカップに入ったアイスクリームと、お菓子を少々。
携帯電話はおろか財布も全て置いてきた俺の代わりに、カノのポケットマネーで支払われた。
どうして梅雨の季節の今、アイスを買うんだろうか。しかも3つ。
不思議に思う。
頭にクエスチョンマークを浮かべているのを見兼ねてか、答えといっしょにいらぬ報告までしてきた。
「このアイスは僕とキドとセトの分だよ。
ずいぶんとお怒りになってるから、助けはしないけど、怒ってるセトにそのままキドを差し出すのは酷かなと思いまして。僕が今怒ってないのもそのせい。僕の分もセトが怒ってくれると思うし」
とばっちり、受けたくないからね。とサラリと言ったカノはそっちの方が一番の目的に聞こえる。
雨の日以外、毎晩散歩に出歩いているカノにも火の粉が飛んでいくのはさも当然と言えよう。
セトはアイスが好きだ。でも、いくらアイスで誤魔化しても起こる様は鮮明に浮かぶので、自分がした想像に身震いする。
怖い。帰りたくない。いや、自業自得なんだけども

「キド手ぇ冷たっ!」

不意に掴まれた右手に熱が集まる。私の手を掴んでいる手もなかなかに冷たいと思うのは、瞬間に熱くなった自分のせいだろうか。
カノの手も、冷たい。そう言うと掴まえられている手のひらにぎゅっと力が籠った。

「キド、僕も一緒に怒られるからさ、」
アジトの前まではこのままでいよう?

雨が降り注ぐ路地で、繋いだ手だけが温かった。バクバクと聞こえてくる心臓の音は、恐怖のせいか隣の男のせいか。
薄ぐろい雲に包まれた空を仰いだ。
雨粒が涙みたい。
嘘泣きすれば許してくれるかな、なんて期待しながら。

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