おはなし

□マイヒーロー
1ページ/1ページ

ヒーロー

憎らしいもの。
人の迷惑も考えずに公衆面前でバカ騒ぎするヤツ。
我が物顔してニュース番組で自慢のヒゲを撫でながら悠々と語る政治家は嫌だ。
人のことをチラチラ見てはくすくすと笑う女、くだらない。その厚化粧と似合ってないミニスカートをどうにかしたほうがいいと思う。
いちいち口に運ぶものを写真に収めてSNSに上げる人。
珍しくもない普通のエレベーターに乗ったことを自撮り付きでSNSで報告するやつ。
人がいっぱい乗っててせまかったぁ?こちとらお前が三人分は場所を取るせいで肩と肩がぶつかり合っていた。
シャッターを切る音が憎らしい。
あとは、人が喋ってるのに横からしゃしゃり出て聞いてもないことをしゃべり倒す人は嫌だ。
かの有名な清少納言も日記に綴っていた。
喋っていた方も聞いている方も気分が悪くなる。
人に見返りばかり求める人も憎らしい。
いい大人が子ども相手にキレているのをみると幻滅する。
執拗に評価を求めてくるやつも嫌らしい。
評価のしがいがあるものなら、聞かなくても言ってくれるだろうに。
嘘吐きな自分も憎たらしい。
このままじゃ消えちゃうよ、そう言った少女に、泣き虫な少年に優しくて甘い言葉を上げる自分が嫌だ。

ヒーローは、嫌いだ。
希望を与えるだけ与えといて消えてしまうから。
僕らの姉ちゃんはいつだってキラキラしていた。幸せの象徴だった。
小さい頃はヒーローを目指していた。
姉ちゃんに抱いていた好きは、恋心と違うものだと学んだ。
それも、消えた。
消えてしまった。

僕の、前で。残った家族の運命を押し付けて。
もう生きる理由なんてないと思った。
大人になんてなりたくなかった。


だから、僕はここにいる。

学校の屋上。誰もいない校舎。
僕の姿はあの日の姉ちゃん同様橙に包まれていた。

一歩踏み出せば、僕の身体は無抵抗に地面に吸い込まれていく。
この忌々しい能力に取り憑かれてから、この瞬間までの回想を終えた。

「そろそろか」

右足を上げて、不安定さを楽しむ。

「さん」

バイバイ。理不尽な世界。最後ぐらい迷惑かけたっていいでしょう?

「にい」

クソくらえ。カゲロウデイズ

「いーち」

楯山家で過ごした幸せな日々ともお別れだ。
キド、セト、マリー、お幸せに

「ぜー「この馬っ鹿野郎が!!」」

不安定な身体が後ろに傾いて尻もちをついた。
「ふざけんじゃねえよ」

静寂の中に怒鳴り声が響いたかと思えば、右頬を殴られる。
いつもより力がなかった。翡翠色がうなだれる。
「なんて姿してんだよ、なんで殴っても戻らないんだ」

その理由はすぐにわかった。
手を見れば、細くて白く、膝丈のスカート。視界の端に黒い髪。
僕の姿じゃない。
姉ちゃんだ。
とっさに駆け出したが、それは叶わなかった。
階段につながる唯一のドアにいつの間にか鍵が掛かっていたのだ。
ニヤリと笑ったキドは鍵をぶん投げた。
綺麗な放物線を描いて落下し、視界から完全に消えた。
これで、話をするしかないと目論見だ。
ディセイブはいつの間にか解けていた。

「何を、しようとしてたんだ」

怒気を孕んだ声が聞こえる。
キドは意外にも冷静だった。目を釣り上げて、腕を組んで僕と対峙している。
こういう時はなんて言えば切り抜けられる?どう言い訳すればいい?

「どうして来たの」

酷く冷淡な声が出た。おかしいな、僕らしくない。

「お前が、いかにも助けて欲しそうな手紙を残すからだ。だから来てやった」

「探さないでって書いただけじゃん」

「それがそうなんだって。お前がそんな王道な手紙を書くとは思わなかったよ」

カチンときた。馬鹿にした態度で挑発してくるキドの胸元を掴んで、手を振りあげた。
キドは依然、見透かした顔でこちらを見つめる。

「殴れないくせに」

勢いよく振り落とされた拳は、キドの頬に達する直前でだらんと垂れ下がった。

「お前に、俺は殴れない」

ああ、そうですとも。
僕は君を殴ることができない。

「君はヒーローにでもなるつもりなの?」

「ヒーローはお前だろうが」

「僕はヒーローなんかじゃない。ヒーローなんて嫌いだ」

「お姉ちゃんが嫌いなのか」

「違う。ヒーローが嫌いなだけだよ」

「お姉ちゃんはヒーローだろうが。さっきからお前の言うこと矛盾してるぞ?」

うるさいな。
確かに姉ちゃんはヒーローだ。でも違うんだよ。
姉ちゃんはヒーローになるべきじゃなかったんだ。
姉ちゃんはヒーローだったから死んだ。
キドが、先程まで僕がいた場所へ数歩歩いて移動した。
とても不安定な状態。すぐに落っこちてしまいそう。
僕はキドが何をしたいのかわかりかねていた。

「お前が、ヒーローだってことを証明してやる」

そう言って、スキップでもするような軽い足どりでキドは夕景へ身を投げた。
あの日、姉ちゃんがカゲロウデイズへ取り込まれた時の記憶が脳内にフラッシュバックする。

「ふざけんな」

同じことを繰り返してたまるか。
硬い、コンクリートの地面を蹴って必死に掴んだ手を、全身の力を使って引き上げる。

「馬鹿なことすんなよ!!」

乾いた音が鳴った。キドの白い頬を叩いた手が、じんじんと痛む。
キドは驚いた顔をしてから、ふにゃりとほころばせた。

「泣くなよ。お前は俺を救った。命を救ったヒーローだ」

「僕が間に合わなかったらどうするの。キド死んでたんだよ?」

「信じてたしな。それにコノハを下に置いてたから安心していいぞ」

ドヤ顔で言うキドがおかしくて、なにが嫌だとか憎らしいとかどうでもよくなってしまった。
さっきまでの自分が馬鹿みたいに思えた。
あまりに僕が笑うもんだから、キドはハゲだとかチビだとか僕を罵倒しだした。
こんなに笑ったのは久々かもしれない。

「キドのそういうとこ、ホント好き」

真っ赤になったキドと、その理由を知るのはまた別のお話。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ