おはなし

□郡雀蘭(オンジュームのとりあえずの完成版)
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Oncidium
群雀蘭

「修哉くんは恋心ってものをしってるかい?」
昼下がりの屋上で人造人間は筆を動かす手を止めて、突如切り出す。空を仰ぐと見えるのは今日も雲ひとつない快晴。
こんな、12月の冬真っ只中、太陽があと1時間ぐらいで真上にでるとはいえ、屋上へ出ているのは僕達2人だけだ。
質問に対して咄嗟に脳裏に浮かんだ顔を知らないふりして揉み消して、平然に装う。
「なんですか急に」
「いいや、ちょっと聞いてみたくなっただけさ。特に意味は無いよ」
また、はぐらかされた。この人造人間、通称「ナド」は人には散々質問するくせに自分はその質問に滅多に応えようとはしない。
応えるか応えないかは彼の気分で決まるから、困ったものである。
「そういう貴方こそ、その恋心ってものをしってるんですか」
「さあ、どうだろう。僕は所詮人間に造られたものだから。」
この、黒髪の背の高い、頬に三つの丸い黒いアザがある、屋上でスケッチブックにもうだいぶ短くなってきた鉛筆を走らせる青年は、人造人間などでは決してない。ただの、僕と同じ人間だ。
そしてこの青年には、片手では数え切れないほどの名がある。人によって名乗る名前が違うのだ。人造人間、コノハ、クロハ、醒める、はるか、冴える「など」。あまりにもたくさんあるから、巷では最後のなどをとって、「ナド」と呼ばれている。
「でも。 強いていえば僕はたった1人の人間でさえ愛すことが出来なかった、かな」
カプリッチョーソ、気まぐれに会話が進んでいく。
おそらくこれ以上聞いてもなにも応えてはくれないだろう。
そんな僕を知って知らずか人造人間はまた筆を動かし始める。

僕はまた空を見上げる。今度はごろんと横になって、リズムのいいバラード調を、凛とした優しい声で歌い上げるお気に入りの洋楽を流しながら。
人口僅か2千人前後の階段島は、今日も平和だ。



ここ、四方を海で囲まれた島、階段島は「捨てられた人々が暮らす島」
誰に、どのような方法で捨てられたかなんて知る人はこの島にいない。また、この島から自分の意思で出ていく事もできない。
どこまで続いているか検討もつかない、、先の見えない階段の上に存在するという、誰も見たことがない『魔女』以外は。


僕がこの島に来たのは約4ヶ月前、暑い暑い目も眩むような夏の終わりだった。散歩がてらにいつもの黒いパーカーを羽織り、家を出た。そこからの記憶がぱったりと途切れているのだ。まるで物語のなかに出てくる魔法にかかったみたいに


気が付いたら見知らぬ土地の海岸沿いを歩いていて、ここはどこだと困り果てている僕に儀式を行ったのは茉莉さん。「迷い込んだ人に初めて会った人は儀式を行わなければいけない」これはこの一体いつから存在するの分からない、この階段島に代々受け継がれているルール。
儀式といっても、儀式と聞いて普通の人々がパッと思い浮かぶような大掛かりなものではなくて、相手に名前を聞いて、「この島を出るには、あなたの失くしたものをみつければならない」ということを伝える。「あなた」の部分には必ず相手の名前を入れる。これが1番基礎のルール。そしてこの島について軽く説明する。
たったこれだけで儀式は終了だ。あとの詳しい説明は、たまたま通りかかった長くこの島で暮らしている大人に押し付けていい。学生ならば、学校の先生に押し付けるのが1番手っ取り早いのでオススメだ。
面倒くさいやつを連れてくとあとでグチグチ言われるが、そこはコーラと僕秘蔵の生脚フォルダの画像をあげれば一発。
宿題3割免除というお釣りつきだ。

今、僕の隣を軽い足取りで歩いている彼女「木戸つぼみ」も、3ヶ月ほど前にこの島に迷い込んだばかり。
彼女と僕は以前から知り合いで、彼女に儀式を行ったのも僕。学校へ入ることに戸惑いを見せた彼女を、メリットで言いくるめて、無理矢理入学させたのも僕だ。
今はもうこの通り、学校へ通うことの戸惑いなんて微塵もないが。
「木戸はさ、何でそんなに荷物が少ないわけ?」
今日は20××年12月22日。僕たちの通う学校では終業式だった。
僕が両手に、背中に、大量の荷物を抱えて悲鳴を上げて階段を下りている横で、涼しい顔をして見慣れた紺のスクールバックに軽い荷物を一つだけ持つ木戸。天と地の差

学生の僕達が急に迷い込んだ島でどうやって暮らしているかと言うと、単純にこの島は学生がただ、生きていくだけならお金はいらないから。
学校に入学さえすれば、街にある寮の1室を貸してもらえるし、ご飯も食堂などで無料で提供してもらえる。
制服や体操服、筆記用具や教科書も、学校で必要なものは全て配給してもらえるけど、他に欲しいものがあるならば、この島のなかで自分でバイトを探して稼ぐしかない。
それでも1から仕事探して、クレジットカード、通帳もろもろお金を引き出せるものを持っていなかった大人よりはマシ。
何日かは手持ちのお金で頑張るけど、生き倒れて、駄菓子屋のマシンガントークを繰り広げるおばちゃんに捕まり、仕事見つけるまでご飯も寝床も確保できるけれど帰ってきたら2時間以上もトイレに行く暇もなく、マシンガントークを聞かなければならない。
脱出は不可能。あのおばあちゃんから逃げ切ったやつを、僕たちはまだ知らない。
「俺はなぁ、お前と違って計画的に持って帰ってたんだよ。先生も言ってただろ。お前また寝てたのか?この不良が」
僕が授業を真面目に受けていると思う?
あの先生には通じないけど、他の先生には能力を使ってノートさえ取っていれば、先生なんて簡単に欺けれるのだ。幸い理解力も高い方で、不審に思われない。
「あーあー聞こえなーい!!それより早く食堂行こう!?席とれないよ! ねっ?」
「…そうだな。早く行こう」
木戸の長ーいお説教が始まろうとしたので耳を塞いで話を変えて、最後の3段を飛び降りて走り出す。この荷物を持って走っても、いつもの4分の1くらいのスピードしか出ないけれど

それでも、初めはムッとした顔をした木戸も「食堂」という単語を聞いただけで顔がパッと輝いている。料理にはうるさい木戸がここまで気に入るほどの、絶品料理だ。
ご飯時になると学生から老人まで、決して多いとは言えない席がすぐに埋まってしまうので、急がなければいけない。待てっ!て叫ぶ木戸の声を無視して、大量の荷物をしっかり持ち、スピードを上げて走る。あとで怒られちゃうけど、席が取れないよりはマシでしょ?




カタン、と真っ白なご飯が控えめによそってある茶碗に、味噌汁、チキンのトマト煮込みがのったおぼんを置く。
たまたまとれたこの席は「アリクイ食堂」の1番いい席だと僕が勝手に思っている。厨房に近いから、おばちゃんと喋れるし、余ったからあげなどをサービスしてくれるから。
学校が終わったのが1時だったので、予想していたよりも空いていた。
今日の日替わり定食はチキンのトマト煮込みで、木戸も同じものを頼んで席につく。
ここの日替わり定食は、365日毎日違うメニューで、ご飯はおかわり自由。
僕も木戸も少食だから少なめによそってもらった。
それでは、食材とおばちゃんへ感謝を込めて
「「いただきます!!」」
僕はお味噌汁の具を全部食べてから、ご飯を1口2口くちに含む。
木戸はご飯を1口食べてから、チキンのトマト煮込みに手をつける。
「っうまい!!鹿野!これすごいぞ!」
声を荒らげた木戸に急かされるまま、僕もチキンを食べる。
「何これ、美味しい!」
この島に来る前は何度かお店で食べたことのある料理なのに、これは格別だ。ご飯が進む進む。まだ食べ始めて5分もたっていないのに、もう茶碗1杯分のご飯がなくなりそう。
「おっそんなに美味しそうに食べてくれるなんておばちゃん嬉しいわ。もう1個サービスしちゃう」
おばちゃんは、後ろで一つにまとめた黒髪と青のエプロンを揺らし、顔を綻ばせながら僕らのお皿にチキンを1つ追加してくれる。まだおばちゃんって呼ぶには早い、推定20〜25歳だけど本人がそう呼んでくれと言われている。
本人いわく、おばちゃんと言われることが憧れだったそうだ。
これぞとばかりに木戸が興奮して話しかける。
木戸は料理が上手で、僕もよく木戸の部屋でご飯を馳走になる。だから隠し味には興味があるのだろう。
「おばちゃん、これ、なにか隠し味でもあるのか?よかったら教えてくれ!」
「そうねぇ、隠し味入ってるわよ。でも簡単に教えちゃ面白くないからね。自分で見つけな」
「「そんなぁ…」」
おばちゃんのケチとぼそっと言うとぱっちりした目を一気に細めて、睨まれた。この地獄耳め。
今度いつ食べれるか分かんないメニューだから、隠し味さえ教えて貰えれば木戸の部屋でいつでも食べられるのに。
「1つだけヒントあげる。鹿野くんが謝ってくれたらね」
「サービスしてくれてありがとうございますお姉さん。どうもすみませんでした」
酷く落胆した僕達を見兼ねたのか、ヒントを出してくれるそう。もう1泊開けずに謝りましたよそりゃ。
「ヒント、お料理でよく使う調味料よ。鹿野くんでも知ってるわ」
「うわっなにその料理できない系男子みたいな言い方!僕だってちょっとくらい料理できますぅー」
「得意料理はカップ麺か?」
なにさ、2人揃って僕をからかって。
思わず頬を膨らませてそっぽを向く。
実際僕も人並みに料理はできるのだ。
木戸だってそれを知っている筈なのに、今はおばちゃんといっしょにゲラゲラ笑ってる。行き道に走らせたことをまだ根に持っているのか、はたまた面白いだけなのか。多分後者だろう。木戸は見かけによらず冗談もよく言うし、人をからかうのが好きだ。
「まぁ、だいぶ話が逸れちゃったけど隠し味はなにか、答えはそうねぇ…2日後のクリスマス・イブの日に教えてちょうだい。正解だったらアリクイ食堂クリスマス特別ディナーを振る舞うわ。でも、条件がひとつある」
アリクイ食堂のクリスマス特別ディナー。想像するだけで涎が垂れる。というか垂れた。
汚いと、水月、鳩尾と呼ばれる急所に拳を叩き込まれる。一瞬意識が飛んだような気もしないが、それよりも今はディナー。
きっときっと、今まで食べたことのないほど、繊細で美味しいのだろう。
聞いた話だが、今の今までアリクイ食堂はクリスマスに食堂を開けたことがないらしい。ただの1度も。
それが、今から伝えられる条件の内容によって食べられるかどうか決まるのだ。クリスマスディナーを食べた最初のひとりになれるのだ。
「そんなに悩まなくったっていいわ。それより、木戸ちゃん知ってる?この島に幽霊がいるらしいのよユーレイが!」
下に俯きお化けの真似して切り出したおばちゃんに、まさかそんな単語が出てくるとは思ってもおらず唖然とした僕。ユーレイという単語に反応した木戸はびくりと肩を震わせて、自分の手を見て僕に目で訴えかけてくる。
木戸のことじゃないよ、と目で会話して、いかにも興味深々、という顔でおばちゃんに質問を投げかける。

短く纏めると、こんなおはなし。
「クリスマスの前に男の子に振られて自殺した女の子が、その男の子が新しい彼女とクリスマスにデートするのを見たくなくて、クリスマスの一週間前から街の真ん中にある大時計の針を午後12時すぎに止める」という、ありきたりな話だった。
これは僕も風の噂でチラッと聞いた。
大時計は赤レンガでできたアンティークな塔。
まだ島に来て4ヶ月だけど、これまでに誰かが自殺したって話は聞かないし、多分嘘っぱちだろう。
この噂を流している本人たちも、おばちゃんもそれを分かって噂してる。
つまりは、ユーレイが誰か探せってことだろう。

さて、木戸はどんなリアクションをとるのかな。
視線を前にやると、案の定、さっきまでの弱々しい表情とは裏腹に、面白いものを見つけた幼い子どものように目を爛々と光らせている。
これは、もしや……
「時計を止めた犯人を探せ!作戦決行だ!鹿野!!」
「さすが木戸ちゃん!そうこなくっちゃね!」
でーすーよーねっ!その日から3日間。アリクイ食堂クリスマス特別ディナーを求めて、僕、鹿野修哉と木戸つぼみはこの僅か人口2000人の階段島を走り回ることが決定しましたとさ。
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