おはなし

□無題*りんさんリクエスト*
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りんさんリクエスト
甘くしようと頑張ったら変になっちゃいました


トントントントン。
パチリ、と目を開ける。
リズムのよい包丁の子守唄と、ぬくぬくと温かい毛布がまた僕を夢の中へ誘ってくるのを、誘惑に負けそうになりながらも、なんとかお断りし、伸びをひとつ、あくびをひとつこぼす。
すぐそばにある目覚まし時計に目をやればもう8時で。
これ以上寝てると怒られちゃうな、とまだ僕を誘ってくる毛布に別れを告げると、毛布の温かさとは真逆の冷たい空気。
刺すような寒さに凍えながらも、さしあし忍び足でリビングへ向かう。
がちゃり、とリビングへ続くドアを開ければ、ゆっくり開けたのにも関わらず大きな音が鳴った。
リビングは暖房を付けているので、暖かい空気が一気に冷たい廊下に流れ込む。
木戸がこっちを振り向いた。あぁ、失敗だ。
いたずらの一つでもしてやろうかと思ったのに。

「おはよう、つぼみ」
「おはよう修哉。さっさと顔洗ってこい」

つぼみ、修哉。
2人っきりのときだけと約束したその呼び方は、甘美な響きを持って伝わる。
木戸がお味噌汁のしあげにネギを入れるのを見届けて、顔を洗いにいく。
冷たい水を顔に打ち付けて、タオルで優しく拭き鏡を見るとあっちこっちにぴょんぴょんと髪の毛がはねている。
昨日マリーに髪の毛のなかで鳥を飼ってるの?って聞かれた時よりもひどい。
今日は言わせないぞって気合いを入れ、髪をを濡らし、丁寧にブラシでときながらドライヤーをかける。
幾分マシになった頭で戻ると、もうテーブルには朝ごはんが3つずつ、規則正しく並んでいた。
焼きたての魚に、湯気がたった味噌汁、ほかほかのご飯に漬け物。これぞ日本の朝ごはん。
キッチンの端には黒い風呂敷で丁寧に包まれた弁当箱。
3ヶ月ほど前から、いつまでもセトに頼っていられないとバイトを始めた。
駅前のカフェでのバイト。最初はなかなか上手くいかなかったけれど、慣れてきてイケメンカフェ店員として有名になったぐらいだから、案外僕に合っていたんじゃないかと思う。
つい先日も10代〜20代向けの女性雑誌のインタビューが来た。
何が良かったかというと、雑誌が発売されて僕目当てのお客さんがいっぱい来たこと。
そこは割とどうでもいいのだが、時給があがり、キドにも嫉妬してもらえたんだからこの上ない。
今日は10時から夕方までシフト入ってる。
キドとの時間が削られるのは嫌だけど、これもみんなの為。我慢だ
それにバイトしてよかったこともいっぱいある。

「修哉、こっちきて」

ちょいちょいっと手で手招きされて、僕は言われるがままにキドの正面に立つ。
ちゅっ、
静けさの目立つリビングに響き渡る軽いリップ音。
ほっぺたとかじゃなく、くちびるとくちびるで。僕からではなくキドから。

「おはようのキス。修哉忘れてたでしょ」

忘れるなんてとんでもない。
キドからキスして欲しくて、ついやっちゃうのだ。
僕のバイトが忙しくなって、キドとの時間もとれなくて、最初は帰ってきてもキドに挨拶もろくにせずに、にすぐに自室へ行って疲れきって寝てしまうときもあった。
キドは思ってたよりも僕を求めてたみたいで、おはようのキス、いってらっしゃいのキス、いただきますのキス、おかえりなさい、おやすみのキス。ことある事にキスを求めてくるようになった。
万々歳。
以前は、僕からしかしたことなかったから。
これくらいの欲は許されるんじゃない?

「僕が忘れてるわけないでしょ?ほら、もう1回」
「ん……」

再びキドが唇も合わせてくる。
キドの手を僕の首に回させて、フレンチキスをひとつ。
1回だけではなくて、2回3回、1秒もないキスをなんどもなんども交わす。

「キド、カノおはよう〜」

ガチャリ、とドアが開く音がして、ドアから顔を覗かせたのはマリー。
寝起きの僕に負けないぼっふぼっふの頭で登場する。
マリーに見られる直前にサッと離れて、何事もないように席につく。
別にマリーに見られてもいいのだけど、これは僕と彼女の秘密の日常だから。

「おはよ〜!ぷっ、また頭爆発してるし〜わたあめみたい 」

後半馬鹿にしながら言うと、毎回恒例。真っ赤な目で石にされた。
石にして満足したのか、顔洗ってくるねキド、と言って洗面所へ。
まりーは自分の髪を1人ではとけない。また髪の毛が絡まって助けの声が聞こえてくるだろう。
案の定すぐに助けを求める声が聞こえてきて、僕が石になっているためキドが向かう。
石化が解けた僕はキドに一言。

「 」

「……ばか」

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