おはなし

□オンジューム 前編
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「修哉くんは恋心ってものをしってるかい?」

昼下がりの屋上で人造人間は筆を動かす手を止めて、突如切り出す。空を仰ぐと見えるのは今日も雲ひとつない快晴。
こんな、12月の冬真っ只中に屋上へ出ているのは僕達2人だけだ。
質問に対して咄嗟に脳裏に浮かんだ顔を知らないふりして揉み消して、平然に装う。

「なんですか急に」

「いいや、ちょっと聞いてみたくなっただけさ。特に意味は無いよ」

また、はぐらかされた。この人造人間、通称「ナド」は人には散々質問するくせに自分はその質問に滅多に応えようとはしない。
応えるか応えないかは彼の気分で決まるから、困ったものである。

"白が似合う少女には恐怖を与えればいい"

そう言ったのも彼だった。どういう意味かと聞き返してみたが、やはりその時も「そのままさ、」と流されてしまった。

「そういう貴方こそ、その恋心ってものをしってるんですか」

「さあ、どうだろう。僕は所詮人間に造られたものだから。」

この、黒髪の背の高い、頬に三つの丸い黒いアザがあるひょろっとした、屋上で絵ばかり描いている青年は、人造人間などでは決してない。ただの、僕と同じ人間だ。
そしてこの青年には、片手では数え切れないほどの名がある。人によって名乗る名前が違うのだ。人造人間、コノハ、クロハ、醒める、はるか、「など」。あまりにもたくさんあるから、巷では最後のなどをとって、「ナド」などと呼ばれている。

「でも。 強いていえば僕はたった1人の人間でさえ愛すことが出来なかった、かな」

その言葉で僕は人造人間の抱える何かを察した。おそらくこれ以上聞いてもなにも応えてはくれないだろう。
そんな僕を知って知らずか人造人間はまた筆を動かし始める。

僕はまた空を見上げる。今度はごろんと横になって、リズムのいいバラード調を、凛とした優しい声で歌い上げるお気に入りの洋楽を流しながら。
人口僅か2千人前後の階段島は、今日も平和だ。
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