おはなし

□unaffected
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「怖いよ……私、消えちゃいそう。ちゃんとここに存在してる?」

中学に通い始めて間もない頃、キドは毎晩のようにそう言って僕の部屋を訪ねてきていた。
理由は単純で家族の中で、今まで生きてきた中で「僕だけ」が目が真っ赤に染まったキドを見つけてあげることができるから。
それでも
キドが頼っているのが姉ちゃんでもなく、セトでもなくアヤカさんでも父さんでもなくて僕なんだ、ということが純粋に嬉しかったことを覚えている。
でもそんなこと言えないわけで。
何故ならキドはそういうつもりじゃないから。
僕のことが好きでこうやって毎晩のように来ているわけではなくて、ただ単に僕がキドを見つけることができるから。
偶々、見つけてあげれるのが僕だったから、それだけなのだ。



8月15日。
その日は夜明けからずっと地雨が降っていた。
アヤカさんと父さんはなにかの研究の調査へ昨日から二人仲良く、みんな大きくなって入らないからとつい先月買ったばかりの大きな車で日暮れに出かけて行った。
だから家には僕たち4人しかいない。と言っても姉ちゃんはお盆休みなので1時間だけだが補習があるし、僕達も今日までの提出物を出しにわざわざ制服に着替えて学校へ行かなくてはならない。
雨の日だというのに何故かいい目覚めで、ちょっと早起きしたといい気分でリビングへ行くととっくに先客がいた。
キドだ。最近ハマったというバンドのメロディを口ずさみながらリズムよく食材を切っている。
いつも以上にノリノリで支度をしているせいかこちらには一切気づいてないと分かると、つい、悪戯心が芽生えた。
指し足忍び足で背後に忍び寄り、包丁を置いてほかに危ないものはないと確認した途端

「わぁっっ!」

「っっ!?」

声にならない悲鳴を上げてキドは飛び上がる。
僕の姿を視界に確認したと同時に強烈なボディブローが僕の鳩尾を捉える。
ノックアウト
綺麗な入り方でした。
視界が完全に暗くなる直前に聞いた言葉は

「今日の朝ごはん、修哉は卵焼きなし!」





なんやかんや無事担任に提出物を提出し、3人揃って帰路へ着く。話すことといえば昨日のみた映画の話とか雑誌のこととかそういうたわいもないこと。
それだけでもこの3人は盛り上がるし、特に幸助の例の森のオンナのことをキドと協力してからかうのはたまらない。
いつものように話しながら帰っていると、公園を通り過ぎるときにちらりと遊具をみたセトが焦りだした。

「キド、カノ。俺、数学のプリント出すの忘れてたっす!!」

そう言って僕たちの返答を待たずに学校へ全力でUターンする。
きゅうにどうしたかと僕も公園を見てみると、鉄棒にブランコにシーソー滑り台、と見慣れた遊具が立ち並ぶ。
数学のプリントにブランコを使った問題があった事を思い出す。

「なんなの……?あれ」

「多分ブランコを見て問題を思い出したんじゃないかなぁ?」

「そういえばあった気がする。でもさぁ、どうすんの」

本当に困ったものだ。あの赤レンガの家の鍵は全部で4つある。アヤカさんと父さんと姉ちゃんに一つずつ。あとの一つは僕たちが3人で使っていて一番最後に家に出た人が持っている。
3人一緒に学校へ行くが、普段からセトが女の子のはずのキドよりも支度が遅いので持っているのはだいたいセトだ。
今日も例外ではなく、つまりこのまま家に帰っても中には入れないということ。

「まぁ、家に帰っても仕方ないしセトが戻ってくるまであそこで雨宿りでもしてようよ」

カノが指さす先には立派な屋根が付いたベンチ。晴れた日はおばさま…お母様方が占領している領域だ。

カノは濃い灰色、キドは薄ピンク。色違いの傘を閉じてベンチに腰掛ける。
雨脚は強くなっていくばっかりだ。
特に話すことも見つからなくてお互い黙ったままの気持ちの良い静穏。
あのシーソーはキドと僕、姉ちゃんとセトが乗るとちょうどつり合ってキドが拗ねていたっけ?
あの滑り台も初めて公園で遊んだ時はキドがステンレスの滑るところから登っちゃって……あのブランコはみんなで誰が一番大きく漕げるか競争したときにキドが………
どの遊具をみても一番に思い出すのは隣にいる少女のことで自分でも呆れてくる。
ふと隣をみるとキドも同じようにうっとりと遊具を見つめていた。
僕と同じように思い出を振り返っているのだろうか。
キドも一番に僕のことを思い出せばいいのに。

「キド、好きだよ」

自分でも何を言ったのか分からなかった。
それはキドも同じで、滅多に本当の自分を見せないカノが、まるでお姉ちゃんのマフラーと同じ様に頬を赤く染めてでも、自分でも何故言ったのか分からないと困惑した表情で伝えられた言葉にキドは動揺を隠せなかった。
カノは家族で兄妹で幼馴染みで、それでいて――

「カノ。ごめんなさい」

自分でも驚くほどあっさり出てきた返事。
今でも頼りっぱなしのに、これ以上カノに頼ってしまうとさらに弱くなってしまう、そう思っての言葉だった。
その意思はカノに伝わったようだ。

もう一度ごめんなさい、と謝ろうとしてキドは辞めた。これ以上言うと逆にカノを苦しめると思ったから。
カノは優しいから謝らせてしまったと自分を攻めるだろう。

「そっか」

いつもみたいにうっそーなんて誤魔化しもせず、でも気にしないでと言うような笑みをみせる。
ほら、カノは優しい。
いつも、その優しさを自然に求めて、甘えているのだ。

突如雨が地面を打つ音以外聞こえなかった空間に、軽快なリズムが鳴り響く。
キドの携帯だ。
姉ちゃんからの電話だと分かったキドは初めこそ笑顔をだったものの、聞くにつれ顔を歪める。
通話を切ったときには顔は涙でぐしゃぐしゃで、真っ青だった。

「カノ、お母さんたちが土砂崩れに巻き込まれたって」


幸せだった日々は呆気なくガラスのように鋭さをもって崩れていく。

***





季節が一回り、二回り、何回りもして季節はあれから数年後の夏の終わり、秋の始まり。
そこには髪が伸びてスカートをはいている、すっかり女の子らしくなったキドと、背丈も髪も昔とあまり変わらないカノがいた。

「カノ、夕飯の買い出し行くぞ」

いつものように自然と買い物にカノを誘う。
姉ちゃんが死んで、幼い頃遊んでいたメカクシ団の団長になると決めた次の日から、誰の目から見ても分かるようにキドはかわった。
まず、お気に入りのワインレッドのフレアスカートや、ふりふりのスカートたちををタンスの一番下の段の奥にしまって、ズボンしか履かなくなった。
それだけならまだいい。
何より決定的なのは口調だ。前々から口は悪かったが、自分のことを「私」ではなく「俺」と、一人称を変えた。
父さんは初めてキドと喧嘩した時みたいに 、朝から晩まで泣いて騒いでやけ酒すると予想していたのだが、その予想は見事に外れ、少し動揺しただけでなにも言わなかった。姉ちゃんの死のショックで自分を保つのに精一杯だったからかもしれない。
でも、カゲロウデイズを攻略してからは恥ずかしながらもスカートを履くようになった。
シュシュだってつけるし、女の子みたいにお洒落を楽しみだしてよかったと思う。

「了解!ちょっと待ってね〜すぐ用意するよ」

カノはつい先程まで読んでいた雑誌をソファーの傍らに置いてあるマガジンラックにしまい、いつものお馴染みのパーカーを取りに部屋に戻る。用意といってもこれだけだ。


いつもの路地裏を抜け、大通りへでる。
交差点を右へ左へ、もう能力はないからこちらがずっと気を付ける必要もない。
目指すは激安スーパー。さらにこの時間はもともと激安な商品がさらに激安になる。経営は大丈夫なのかと買うのを少し遠慮しそうになるが、そんなことはキドやおばさま方や金欠な大学生たちはお構いなしだ。
すぐに商品がからっぽになる。
そんなことを考えてるうちにスーパーへの道を通り過ぎた。
キドは平然と歩き続けている。

「ねえ、キド買い物は?スーパー通り過ぎちゃったよ?」

「お前に伝えたいことがある。」

いつもと違うキドの様子にカノはなにかを察したのか、黙ってキドに着いていく。
キドがお気に入りの、最近オープンしたばかりのケーキ屋さんを通り過ぎ、コンビニを通り過ぎ、昔からある本屋さんを通り過ぎ、10分くらいだろうか。無言で歩き続けて着いたのは駅前の交差点のあの公園。
僕が初めて姉ちゃんと出会って、メカクシ団ごっこして遊んで、そして姉ちゃんと最悪の約束をした公園。
全てが始まりであるこの公園。
敷地内には5歳から小学校低学年くらいの男女が、砂場でトンネルを作ったり鉄棒でぐるぐる回ったりと、思い思いに遊んでいる。
ちょうどパンザマストが鳴り、つい先程まで遊んでいた子供たちは、小さな足の裏をみせて我先にと駆け出していく。
まるで昔の自分達を見ているようだと、その姿を見送ったキドはまたゆっくりと歩き出した。

「で、キド、伝えたいことってなに?相談事?」

でもいっこうに切り出そうとしない。
いや、さっきから口を開けては閉めているが肝心の声が聞こえてこないのだ。
いつもはっきり要件を伝える彼女がこうなるのは、だいたいよくないことで、一人でなにかを抱え込んでいるんじゃないかと心配になる。
なかなか喋ろうとしないキド、にカノが助け舟をだそうかと考えているうちに覚悟を決めたのか立ち止まりカノの方へ向き、切り出した。それに合わせてカノも立ち止まって向かい合う。
大事な話は相手と向かい合ってする、これはアヤカが教えたことの一つだ。
キドは息を1つ吸い込むとさっきとは裏腹に堂々と言葉を紡ぎ出す。

「俺はお前に昔、"お前と一緒にいると弱くなるから"って言ったよな」

正確には言ってはないが伝わっていたのだからよしとしよう。
あの時のキドは強くならなきゃって焦っていた。
このままカノに甘えていたらダメなんじゃないかって。
自分の弱さを隠そうと必死で、甘えること、イコール弱さなんじゃないか。そう思っていた。

「その言葉、変更させてくれ」

カゲロウデイズ攻略作戦も終わり、自分の気持ちと向き合って、本当に強くなれたと思っている。
「たくさん愛されたい」「愛したい」長年目を背けていた自分の気持ち。
お母さんもお父さんも実の娘ではないのに可愛がってくれた。もちろんお姉ちゃんもセトもカノも愛してくれた。
最近戻ってきた姉さんにも今までの分、とたくさん愛して貰ってる。
でも、それだけじゃ足りなかった。
本当は、お母様にもお父様にも愛されたかった。
もっともっと愛されたい。
そんな気持ち、私が持っちゃいけないんだとずっと押し殺してきた。
それでも口調を変えても、大好きな可愛い服をタンスの奥にしまっても、この気持ちだけは押し殺せなかった。
そして、カノが一番愛してもらいたい存在だったことを自覚させられた。
その気持ちを認めて、初めて気付いた。

――だから、今日こそ伝えるのだ。



「俺はお前がいたから強くなれた。」

「俺は……俺は、カノのことがす「ちょっと待って」」

カノがその先は言わせまいと言葉を挟む。

「キドは、本当に僕でいいの?こんな、嘘でまみれた汚い怪物でさ。
僕ずっとみんなに隠してたんだよ?なにもかも知ってるくせに知らない、なんて言っちゃってさ。あの頃とは違うんだよ?」

違う、とキドが止めようとしても自分を貶す言葉を重ね続ける。

「僕さ、アヤノ姉ちゃんの死体のふりもしたんだよ?欺いて地面に横たわって、カメラでバシャバシャ撮られてさ。本当は姉ちゃんは死んでないかないのにね。
それにヒビヤ君たちをカゲロウデイズに巻き込ませたのも僕!
嗤っちゃうよね!冴える蛇の言いなりになって、踊らされてた僕は随分と滑稽だったろうね
キドは、そんな僕でも好きだと言えるの?」

「あぁ、好きだぞ」

「へっ……?」

そう言われるとは思っていなかったのだろう、なんの迷いもなく即答されたキドの応えに思わず驚いた声を上げる。

「少なくともお前のついていた嘘は自分のためのうそではないし、カゲロウデイズのことはヒビヤも日和も許してくれたじゃないか。
冴える蛇の言いなりになってたのも俺達を守るためだったんだろう?なら、尚更お前を攻めることはできないさ。
あのパーカーを毎日丁寧に洗って着ていたのだってお姉ちゃんに貰ったものだから、お姉ちゃんを忘れないように。
寂しかったくせに。もっと自分に素直になれよ馬鹿」

「……やっぱりキドには敵わないや」

昔からそうだった。キドはなんにもしらないくせに、なにも分かってないくせに僕を海の奥底から救ってくれるような言葉をくれる。
キドは自分だけが頼っていたとか思っているだろうけど僕は何度もこうやって救われた。
今回だってそうだ。いつの間にか僕の頬は生暖かいもので濡れている。

「カノは馬鹿だからしょうがない。許してあげる。」

これも昔と同じように、でも昔よりかは優しげな笑みで告げられた途端、心につっかえていた何かが外れ、流星のような勢いで込み上げてきた。

「僕も好き。僕もキドのことが好きだよ。放したくない。離すもんか」

これがカノの本当の気持ちかどうかは当の本人もわからない。でも、それでいいのだ。
欺けなくなったカノが、それでも欺こうと笑顔を貼り付けようとするカノが素の表情で紡いだ言葉なのだから。

お互いくすりと笑って見つめ合い、どちらからともなくギュッと抱きしめあって、そして





























――――キスをした。

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