おはなし

□ナイトウォーカー
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 「カノなんて……嫌いだ!!」
 
 アジトを飛び出すとき、チラッと見えたカノの青ざめた辛そうな顔が忘れられない。
頬に涙が伝っていく。
ぬぐってもぬぐっても止まらなくて、パーカーの裾は涙が染み込んでびしょ濡れだ。
何処へ行くかなんて、混乱した頭じゃ考えられなくて。
目指す所もなく、あのアジトから、あいつから離れるようにひたすら走り続ける。
ポケットの中にはアジトを飛び出す時に持ってきた財布に携帯、i-podにイヤホン。
夜の街は静かで、自分が消えてしまうような感じがして。
それが嫌で愛用のあいつからもらったイヤホンを耳に嵌め、大音量でお気に入りの曲を流す。


どれだけ走ったのだろうか。
10分?20分?分からない。
何処か、全く見当のつかない場所に来ていた。
街の外れか隣の街か。さすがに隣の隣の街ということはないだろう。
とりあえずアジトから結構離れている事だけは解る。

 少し落ち着いてみると、左の足がズキッと痛んだ。恐らく靴擦れか捻ったのだろう。
でもわざわざ立ち止まって見るのも面倒で、そのまま歩き続ける。

10分ぐらいだろうか。
足を若干引きずりながら歩いていると、駅が見えた。
このまま帰らないわけにもいけない。この足でアジトまで歩いて帰るのも辛いし、何より道が分からない。
電車に乗れば何処にいるのか分かるし、この足で歩いて行くのは正直辛いのだ。
最寄り駅からアジトまでは歩くしかないが、此処から歩いて帰るよりはだいぶましだろう。
電車に乗って帰る事に決めた。
切符販売機で目的の駅までの切符を買い、改札を通り過ぎる。
ちょうど電車が来るなんて都合の良いことはなく、ベンチに座って待つ。
恐らく腫れているであろう目を見られないよう、メカクシをして。
さっき切符を買うときに見たのだが、この駅はアジトの最寄り駅から4、5駅離れた駅だった。
寂しさをまぎらわせるために音楽を聞こうと、i-podの電源を入れようとするが、充電はとうになくなっており、なにもする事がなくなり嫌でもさっきの事を考えてしまう。

――喧嘩の原因は、カノの浮気疑惑だった。
最近は毎日のように早起きして朝早くから出掛けて行き、夜遅くに帰ってくる。
それが始まったのは約2週間前、如月兄弟が遊びに来てからだ。
俺はその日、シンタローにパソコンを教えてもらっていた。
一段落し、休憩しようとキッチンにお茶を入れに言った時だ。
キサラギとカノが楽しそうに話していた。
あまりにも楽しそうだから、ついメカクシして会話を少し盗み聞きしてしまった。
だからといってキサラギと浮気しているというわけではなく、キサラギに教えてもらっていた電話番号の主としていると思う。
チラッと聞こえた名前は完全に女性の名前だったし。
その時は、シンタローも待っているしすぐに部屋に戻ったが、その次の日にカノが体に甘い香水の香りをまとって帰ってきた。
キサラギに知り合いの女の子でも紹介してもらったのだろうか。キサラギは俺達が付き合っていることを知らないからすぐに紹介してもらえるだろう。
あいつはチョロイからあたりめやおしるコーラでつればすぐに。
カノは俺の事なんて飽きてしまったんだろうか。それとも最初から遊びのつもりだったのか?
俺はキサラギや街で歩いている女の子みたいに可愛くないし、むしろ暴力的で男っぽいから、飽きられても仕方がないかもしれない。
「女の子なんだからもうちょっと可愛い格好してみたら?」っていつか言っていたしな。
 
 俺はその事で2週間、ずっと悩んでいた。
そして今日、ついに言ってしまったのだ。「お前の新しい彼女は、さぞかし可愛いんだろうな。俺とは違って」と。
何を言ってるか分かんなかったようで、少しの間きょとんとしていたが、意味が分かるとカノはすぐに否定してきた。
でもその言葉が全部嘘のように聴こえて。気が付いたらアジトを飛び出していた。
今となれば、カノがそんなことするはずないと解るのに……
さっきのカノの目は、真剣な目だった。嘘なんてついてなかった。
それにカノは俺を大切にしてくれてたじゃないか。

もうすぐ目的の電車が来ると、アナウンスが告げた。
電車が滑り込んでくる。
ドアがひらくと、主には会社帰りの疲れきった顔をした人たちが何人か、電車を降りた後、自分も乗り込む。
電車内はとても静かで、定期的に車輪がレールの隙間を越える音だけが聞こえる。

「寂しいよ……」

そんなのとっくの昔に分かってたのに。
帰ったとして、なんといえば
いいのかなんて、こんな意地張り頭じゃ考えられない。
不意に窓をみると、うっすら目を腫らしたみっともない顔をした自分が映っていた。
いつの間にかメカクシが解けていたらしい。周りを見渡しても皆うつ向いていて、誰も見ていない。
すぐにメカクシを掛ける。これで顔はみられることはない。
でもいつものようにフードを被って顔を隠した。そうすることで冷静になれるような気がしたのだ。
後、5分くらいで目的の駅に着く。
それまでに……
足を怪我していたことを思い出した。
スニーカーを脱いでみると足が真っ赤に腫れている。
捻っただけのようで安心する。

  ブブッ

携帯のバイブが、2.3度鳴った。電話だ。
着信先に「カノ」と表示されている。
電話を受けとれなかった。体が硬直して動けなかったのだ。
受け取ったところで何を言えば良いのかもわからなくて
気が付いたときにはバイブが鳴り止んでいた。

電車のドアが開く。目的の駅に着いたようだ。
乗り越してしまわないよう、急いでホームに降りる。
足の痛みもましになったし、これならアジトまで歩ける。
そう思い、改札を通り過ぎた時、思いがけない人物が駅の入り口に立っていた。

「キド……」

「カノ……?なんで……」

現在進行形で喧嘩中のカノが立っていた。
どうして此処に居てることが分かったんだ。

「どうして分かったんだって顔してるね。エネちゃんに携帯のGPSでたどってもらったんだよ」
 
 カノが苦笑いしながら言う。成る程。エネに頼めば、携帯を持っている俺の居場所を突き止めるなんて朝飯前だろう。
問題はそれじゃない。

「怒ってないのか……?」

恐る恐る聞いてみる。
カノは欺くこともせず、意味が分からないという顔をした。
数秒後、突如笑い出した。可笑しくてたまらないというふうに。

「あれは誤解させちゃった僕が悪いんだし。それよりも早く帰ろう?キドも疲れてるでしょ?」

そう言ってカノは俺に背中を向けしゃがみこんだ。いわゆるおんぶの体制だ。

「なんで……」

 「だってつぼみ足怪我してるでしょ?ほら早く」

名前で呼ばれたが、今は見逃してやる。
左足はズボンで隠れてるのになんで分かったんだ。
早く早くと急かしてくるから、なにも言わずに背中に乗って首に手を回す。
俺が乗った事を確認したカノは軽々と立ち上がる。
カノの背中はおっきくて温かくて……とても安心する。
俺より身長は低いはずなのに……こんなところで男と女の違いを見せつけられるとは。悔しい。首でも絞めてやろうか。
そう考えている間にもカノはアジトに向かって歩いて行く。
 
 ――まだ、解決したわけではないのだ。
とりあえず、「嫌い」なんて大嘘を吐いた事を謝らなければ。
カノは優しいからこんなふうに接してくれているけど、内心は傷ついてるはず。
そして、カノの口から真実を聞かなければ。

俺の意識はそこで途切れた。

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