虎牛設定(補完)

□その2
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#17

作成:2017/07/16




動物たちが暮らす森の奥の村。

大人たちが集まって深刻な顔を並べている。

「……やはり……村から誰かを差し出さねばならん……」

最近村の周辺では、暗闇に乗じて村人が襲われるという事件が起きていた。

命を奪うほどではないがジワジワと追い詰められる恐怖はもう限界だった。

「あの山に虎が戻ってきている……このままでは全員が殺されるかもしれない」

大昔に村の近くの山には虎が住んでいて周辺の村々を襲い、それを逃れるために生贄を差し出したという話が伝わっていたのだ。

見たこともない虎という生き物への恐怖から、村で一番小さな子牛を差し出すことに決まった。

「……すまない、十四郎……村のみんなの……お前の母さんのためにも頼む……」

「……はい……」

小さな手をぎゅっと握り締めて、この場に居ない母のことを思う。

十四郎が生贄に決まったと聞いて倒れた身体の弱い母のために、と言われたら断ることなんてできなかった。

他の供物と一緒に山の入り口まで連れて来られた十四郎は、それから一匹で虎の元まで歩いて行く。

母のためだと気丈に振舞っていたものの、虎の住処と思われる建物の前まで来たときには堪えきれずに泣き出してしまった。

早朝、まだまだ寝たり無いのに家の外で泣きじゃくる声で起された虎は、不機嫌そうに文句を言いに出て来る。

「こんな早くに起こしやがるのは誰ですかコノヤロー!」

家の前には大荷物の子牛が虎の姿を見て一瞬泣き止み、それからくしゃりと顔を歪ませてまた泣き出した。

「あ?牛?」

なんでこんなところに牛がいるんだろうと思い、虎は近寄ろうとしたのだが泣きながらも怯えられてしまったので仕方なく足を止めて言った。

「何してんだ、お前」

「……お、俺………お、俺を食っていいから村のみんなは食べないでくださいっ!」

嗚咽を上げながらも子牛ははっきりそう言ったので、虎はすぐに事情を察する。

ずっと誰も住んでいなかったこの家に虎がやってきたのは、一人で長い旅をしている間に知り合った龍から話を持ちかけられたからだった。

大昔にもここには虎が住んでいて、近隣の村に悪さをする獣から動物たちを守り奉られていたらしい。

その後ずっと虎は不在だったのだが、最近また獣が増えてきたらしいのでしばらくここに住んで悪さをする獣らを懲らしめて欲しいと頼まれのだ。

ここ数日で獣らは一掃したのであとはのんびりしようと思っていたのだが、それを知らない村の動物たちが虎への供物として子牛を送ってきたようだ。

『奉られているって、そういう意味でかよ』

昔話が伝わるうちに捩れてしまったのか、本当に虎が供物を要求したのかは分からないが、どうやら村の動物たちにとって虎は怖いものらしい。

虎は大きなため息をついて子牛を見る。

もともと村の動物たちと係る気はなかったので怖がられるのは構わなかったが、こんなことをされるのは迷惑だった。

「お前らの村に悪さしてたのは俺じゃねーし、そいつらはもうこの辺りにはいねーから、お前は帰れ」

「…え…」

帰れと言われて子牛は一瞬ぱっと嬉しそうな顔をした。

当然だが、子牛はここへ望んできたわけじゃない。

素直に虎を信じて帰ってくれれば良かったのだが、この子牛は疑り深い性格だったようだ。

「か、帰らないっ!食べるなら俺から……」

「だーかーらー、食わねーってのっ」

「でも、大人たちが、虎がみんなを食うって……」

「しつけぇぇぇ!んなマズそうなもん、誰が食うかぁぁぁ!!」

子牛があまりしつこいので朝早く起された不満を重なり、銀時は大人気無く切れてしまった。

驚いている子牛に向かって、

「いいからさっさと帰れバーカッ!」

虎はそう叫んで家の中に入って行った。

ぽつんと残された子牛は、小さい身体と頭で色々考えて考えて考えて、

「……誰がバカだぁぁぁ!!」

かなり反応が遅れてしまったがようやく腹が立ったようでそう言い返す。

が、相手はとっくに家の中に入ってしまったので、むーっと頬を膨らませたまま更に考えた。

「あんなヤツ信用できないな…………! じゃあ、俺が見張ってればいいんだ!」

名案が浮かんだという顔をして、子牛は荷物をズルズル引っ張って木の下まで運んだ。

家の正面なので虎が出入りするのを監視できる。

当然向こうからも丸見えなので監視には向かない場所なのだが、それは子供の考えなので仕方がない。

子牛は村のみんなのため、母のためにと気合いを入れた。

そんな子牛の姿を窓から見ていた虎は、深い溜め息をついて頭を掻く。

「面倒なことになっちまったな…………いっそのこと食っちまうか…………無理無理、お肉嫌いだもの」

そう、“虎”にあるまじきことだが肉が食べられないので、子牛の要望を叶えることができないのだ。

気合いを入れて玄関のドアを睨んでいる子牛を見ながら、

「……ま、腹が減ったら帰るだろ」

虎はもう一度溜め息を付いた。


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