虎牛設定(補完)
□その2
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#9
作成:2016/03/28
「あぁぁ……腹減ったぁぁ……」
ふらふらとした足取りで川までやってきた虎は、ひとまず川の水をがぶがぶ飲んでみたが余計腹が減っただけだった。
群れから追い出されて子供の頃から一人で旅をして、大人になる直前まで頑張ったのにここで死ぬのかと絶望感を味わっていた。
川には魚もいるかもしれないが、あいにくこの川は深そうで泳げない彼には魚の一匹すら取れない。
「ホットケーキとか食いてぇ。さっきへんな羊をつれた高飛車な竜っぽいヤツに貰った握り飯は酸っぱくて脂っこいしよぉ」
ばったりと地面に寝転がって空を見つめていたら、だんだん雲がホットケーキに見えてきた。
「……ああ、なんか匂いまでしてきやがった……」
幻覚ならぬ幻臭を嗅いだ自分に絶望的になっていると、顔面に強い衝撃が落ちた。
人生の終わりを告げる神秘的な何かではなく、草むらからぬっと現われた子牛に思い切り顔を踏まれたのだ。
「うわぁっ!何してんだっ、てめー!俺の足の下でっ」
「……うん、まずは謝ろうか」
驚いて理不尽なことを言い出す子牛に、正気にもどった虎は大人の対応を返すのだった。
それから川辺に並んで座り、なぜか子牛の愚痴を聞かされる羽目なる。
なぜソレを大人しく聞いたのかというと、ホットケーキの匂いが幻臭ではなかったからだ。間違いなく子牛から漂ってくる。
「今日は幼稚園の遠足だったんだけど、弁当はマヨおにぎりにしてくれって言ったのに、母さんがホットケーキを入れたんだ」
それが不満で、遠足が終わってもまっすぐ家に帰らず寄り道をしたらしい。
「マヨ?」
「こってりしてマイルドで酸っぱくてすっげぇぇぇ美味いヤツだ。最近値上がりしたからって買ってくれなくなった」
「あ……もしかして、これか?」
虎はさっき食べて不味かったけれど捨てずにいたおにぎりを取り出す。
ソレの匂いを嗅いでぱーっと顔を輝かせたが、
「マヨ!! ……あ……だけど、知らないヤツからは貰えねぇ……」
すぐにしょんぼりした子牛に、虎は笑って提案してやる。
「ホットケーキまだ持ってんだろ?それと交換しようぜ」
「まじでかっ」
子牛は鞄から弁当箱を取り出すと、虎のおにぎりと交換してくれた。
「ガキのくせに甘いモンが苦手とか、変なヤツだな」
「大人のくせにマヨの美味さがわからねーとは、変なヤツだな」
憎まれ愚痴をたたいてから、お互いの好物を幸せそうに食べた。
食べ終わる頃には空は橙色に染まっていて、遠くから女の声が聞えてくる。
「とうしろーっ」
「!! 母さんっ!!」
どうやら帰らない子牛を心配して迎えに来たらしい。
自分と一緒に居るところを見られたら怖がられると思って隠れようとした虎より先に、子牛は立ち上がり弁当箱をしまい鞄をつかむ。
「交換したことは内緒だぞっ、じゃあなっ」
生意気にも口止めをして、子牛はぴゅーっと母親のいるほうへ走って行った。
取り残された虎は、こっそりと子牛を見送ってみる。母親と手を繋いで帰る姿が見えた。
まだ小さくて“虎”を知らなかっただけだろうが、怖がれもせず怯えもせず接してホットケーキをくれて、あっという間に居なくなってしまった子牛に、虎はちょっと幸せな気持ちになったのだった。
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