学園設定(補完)
□3Z−その4
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逃げ出したいのに動けず泣きそうな顔をしていた。
「あ〜あ、先生なにやってんでぃ」
沖田のほうは呆れた声でそう言ったが、銀八には分かった。
さすがに銀八が立ち聞きしているのを気付いていた、というエスパー的なことはなかっただろうが、男の教師に片想いしている土方というのが面白くて相談に乗っていたのだということを。
だからこの状況は沖田にとって最高のシチュエーションに違いない。
「ま、聞いちまったんなら仕方ねーや。土方さん、いっそこのまま……」
「総悟。俺、教室戻る」
だが土方のほうは我慢の限界だったようで、沖田の提案を遮るとそう言って走り去ってしまった。
がっかりした顔でそれを見送った沖田は、いつもの不敵な笑みで銀八に向き直る。
「で?どーするんですかぃ?」
「……どーするって、何が」
「自分の受け持ちクラスの生徒から告白されたんですぜぃ、なんとかしてやるのが教師ってもんだと思うんですけどねぇ」
「……いや、まだ告白はされてねーし……」
「あらら、土方さんから直接言われねーと納得しねーってんですかぃ」
「…………それに、生徒とどうこうってのは……」
「……けっ、つまんねー男でぃ」
教師を教師とも思わない捨て台詞を吐いて沖田も姿を消した。
憎たらしい生徒だと思ってはいたが、ますます憎たらしくなる。
が、そんなことを気にしている場合じゃなかった。
気にしなければならないのは土方のことのほう。
いつから好きだったのは分からないが、当人が言っていたように実に素っ気無い生徒だった。
嫌われているんだろうなと思っていたのだが、あの言い回しでは素っ気無さも好きの裏返しだったのかもしれない。
銀八は頭をポリポリ掻いて小さく溜め息をつく。
それを知ったところで、生徒とどうこうなろうなんて面倒なことをしたくないのは確かだ。
驚いた顔や赤面した顔。
今まで見たことのない土方が頭から離れないが、仕方が無い。
沖田が唆していただけで土方本人は諦めている口ぶりだったし、このまま何事もなかったように諦めてもらうとしよう。
面倒なことが嫌いな銀八はそう流れに身を任せてしまおうと思ったのだが、そうもいかなかった。
それから教室で土方の姿を見なくなってしまったのだ。
朝のホームルームも、銀八の国語の授業も、放課後のホームルームも、徹底してボイコットされている。
沖田に視線を向けると肩を竦めて呆れた顔をされた。
理由は分かるだろ、という顔だ。
自分のクラスの生徒が自分の前に姿を見せない。
受験生の土方がそんなことをしたらマズイことがぐらい分かるので、銀八は今度は深い溜め息を付いて面倒事に首を突っ込む覚悟を決めた。
終わりのホームルームの後、銀八は沖田に声をかけて廊下へ呼び出した。
声をかけたときには“待ってました”とばかりの顔をしたくせに、
「なんの用ですかぃ」
なんてそ知らぬフリをしやがる。
「アイツに国語科教科室に来いって伝えてくれ」
「アイツって誰のことですかぃ?」
「…………分かってるだろ。このあいだのことは俺が全面的に悪かった。だから授業出なかったことは何とかしてやるから、ちゃんと来いって」
「へぇ、随分優しいですねぇ」
「……俺は優しいんだよ。ちゃんと伝えろよ」
沖田とこれ以上話をしていてもまともに本題について話せそうにないので、銀八はそう言って教室を離れた。
真面目な土方のことなので、ああ言っておけばきっと来ると思う。
あれから2時間、土方は信じているが沖田のことは信じられないな、と銀八が思っているころ、ドアがノックされる。
「ほーい」
疑ったことを沖田に心で謝罪しながら返事をすると、何も言わずドアが開いた。
立っているのはもちろん土方だったが、仏頂面のまま視線を逸らしている。
顔も見たくない、のか、合わせる顔がない、のか微妙なところだ。
その場から動こうとしないので、
「中入ってドア閉めろ」
そう言ったら、素っ気無く拒否された。
「ここでいいです」
「……他のヤツには聞かれたくない話になると思うけど」
そうはさせんと意地悪く言ってやったら、土方はますます憮然とした顔で中に入るとドアを閉めた。
土方のような真面目な生徒を怒らせるのを得意技としているのに、どうして好きだなんて思ったのだろう。
我ながらあり得ないなぁと思いながら、銀八は本題に入ってやった。
「沖田から聞いてると思うけど……」
「…………」
「あー……この間は立ち聞きしてすまなかった」
素直に謝罪した銀八に、土方は驚いた顔をする。
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