その他(補完)
□弁護士設定
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作成:2015/10/24
自室で机に向かっていた十四郎は、玄関ドアの鍵を開ける音に顔を上げた。
時計を見ると午前1時前。部屋を出て帰宅した家主を出迎える。
「おかえり」
ネクタイを緩めて疲れた顔をしながらも、十四郎を見て小さく笑った。
「ただいま。まだ起きてたのか?」
「…試験勉強」
「ああ。……為五郎さんを喜ばすためとはいえ無理するなよ」
そう言って十四郎の頭をぽんぽんと叩く。昔からの癖だ。
それと同時にふわりと鼻を掠める微かな酒と香水の匂い。十四郎は見えないように顔をしかめた。また同じ匂い。
「…………じゃねぇ……」
「あ?」
「……なんでもないっ、おやすみっ」
「おやすみ」
部屋に飛び込んでドアを閉め、足音が奥に消えるまで待って呟く。
「兄さんのためじゃねぇ。俺が頑張ればお前が…褒められるから……」
十四郎がこの家で坂田銀時と一緒に暮らすようになってからもうすぐ10年になる。
弁護士になりたての銀時が10歳の子供を引き取って面倒を見てくれた。
土方家の顧問弁護士の一人だとか、亡くなった先代に恩義があるからとか。そんな理由だけで面倒が見れるほど楽じゃなかったはずなのに、大切にしてくれたのが分かる。だからその恩に報いるために頑張っているのだ。
それが“恩”のためだけじゃないことも、もう自分で気付いていたけれどそれは言えない。
そんな銀時が最近帰りが遅くなるときがあり、その日はいつも同じ香水の残り香をつけてくる。
理由なんて決まりきっているのに敢えて考えないようにしてきたが、胸にもやもやしたものが溜まって苦しくなってきた。
「同じ香水の匂い?そいつぁ、間違いなく女でさぁ」
大学の学食で元気のない十四郎の相談に乗っていた近藤を差し置いて、そう言ったのは後輩の沖田だった。
てめーには聞いてねーと言い返したかったが、沖田の答えに自分でもそうかもと思っていた十四郎は表情を曇らせる。
「…そう、だよな…」
「なんだ、トシから女っけが無いとか聞いてたけど、ちゃんと付き合ってる人いるんだな」
近藤が納得顔で笑うが、今までそんな気配がなかったのは確かだし、毎日家事や食事など十四郎の世話をやいていてそんな暇があったとは思えない。
だから大丈夫だと油断していたのは確かだった。
「坂田さんって30過ぎてるし弁護士だってだけでモテそうだし、いつ結婚してもおかしくなさそーだけどなぁ」
「あれじゃねーですかぃ。土方さんが一人前になるまで待ってるのかもしれませんぜぃ」
「ああ。大学出て就職すればトシもあの部屋出ることになるもんなぁ。そしたら坂田さんも………って、おい?トシ?」
銀時の恋愛事情に勝手な想像を繰り広げていた近藤は、箸を握ったまま身動きしない十四郎を見て心配げに声をかける。
二人が何気に話した内容が、十四郎の胸に深く突き刺さった。
自分のために銀時が彼女を作らないのかもとは思っていたが、自分の“せい”で作らないのだとは思っていなかった。
十四郎と同じ気持ちでないにしても、一緒にいるのが楽しいと思ってくれているんじゃないかと思っていたのに、我慢させていたのだろうか。
香水の残り香と合わせて、十四郎の考えはどんどんネガティブな方向に落ちていた。
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