原作設定(補完)
□その53
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そんな銀時に、今度は土方がこっそりと声をかけてきた。
「おい……客が全然いねーけど……大丈夫なのか?」
見えていない土方には"そう見える"だろう。
「えっと……それは……」
言いよどむ銀時の代わりに、地獄耳の女将が笑って答えた。
「大丈夫ですよ。今日はおかげさまで満室でねー。今は宴会の最中なんですよ」
「あっ、そうなんですか」
余計なお世話な話を聞かれてしまったことに恥ずかしがる土方の隣で、銀時は『満室ぅぅぅ? ってことはスタンドがぎっちりぃぃぃぃ?』とうんざりした溜め息を漏らす。
旅館の外も普通だったが、中も普通だった。
壁も障子も襖も床も、きちんと綺麗にされていたので普通の旅館に"見えた"。
唯一前の通りだったのは部屋の障子に貼られたお札で、それだけで十分怪しさ満載なのだが、これも土方には見えていないようだ。
土方の機嫌が良いなら銀時としても文句の言いようがないけれど、
「あ、そうそう、部屋は和式と洋式どちらがいいかね?」
なんて女将が聞き覚えのあることを言い出したのでギクリとする。
「え、今から選べるんですか」
「いいよ。銀が最初に来たときも選んでもらったよね」
「そ、そうだな」
「じゃあ和式で! 侍なんで、俺たち!」
土方まで聞き覚えのある返事をしている。
「はいはい、じゃあお侍さんたちはこちらです」
「お、おい、ちょっ……まさか……」
前回が前回だけに嫌な予感がする銀時だったが、それは無駄な心配だったようだ。
案内された部屋はちゃんとした和式の部屋で、しかもかなり豪華。
拍子抜けする銀時に、女将がニヤニヤと笑う。
「あんたには世話になったからね、一番良い部屋を用意したよ。ゆっくり休んでっておくれ」
「…………ババア、案外良いヤツだったんだな」
「前の部屋が良いならいつでも代えてやるよ」
「こっちでいいです。ありがとう、女将」
即座に心を入れ替えて礼を言うと、女将は満足して部屋を出て行った。
豪華な旅館なんて2人とも始めてだったので、ちょっぴりはしゃぎながらあちこち見て回る。
庭への襖を開けた銀時が、景色の良さと端に設置された露天風呂を見つけ土方に声をかけるが、
「お、露天風呂があるじゃん。まず一緒にひとっ風呂浴びる?」
「あ? 馬鹿言ってんじゃねー」
眉間にシワを寄せて断られた。
"一緒に"というところを嫌がれたのかと思いきや、
「温泉といやー、やっぱり大風呂だろ。でっかい風呂に入りたい」
ということらしい。
大風呂というと新八と2人で入ったアレのことだろうが、と不安そうな顔をする銀時に土方も釣られる。
「……大風呂、ねーのか?」
「あ? いや、あるよ。い、行く?」
「おう」
土方をがっかりさせないためにも銀時はそう言って大風呂に向かった。
脱衣所も綺麗になっていたけれど、着物を入れるカゴが乱雑に置かれていて、
「……散らかってるな。団体客が入った後なのかな?」
初めて少し眉間にシワを寄せ、隊士たちの整理整頓には口うるさい副長の顔をしたが、銀時には"見えて"いた。
カゴの中には半透明の着物だの鎧だのが入っているのを。
「そ、そうだね……大勢いたのかもね……」
ものごっさ嫌な予感がしたので着物を脱ぐ前に風呂への扉を開けて覗いてみる。
案の定、風呂には客と、それを手伝う従業員でみっちりだった。
『ぎゃぁぁぁぁぁ、入りたくなーいぃぃぃぃ』
そう心の中で叫ぶが、銀時の横から続いてひょっこり中を見た土方が、
「やっぱりでかい風呂はいいな。気持ち良さそうだ」
なんて嬉しそうな声を上げる。
すっかり入る気になって着物を脱ごうとするので、銀時は慌ててそれを止めた。
このスタンドまみれの温泉に入るのも嫌だけれど、こいつらに土方の裸を見せるのも嫌だ、と思ったからだ。
「ひ、土方くん、やっぱり部屋の風呂にしね?」
「あ? なんでだ」
「ほ、ほら、大勢が入った後なら湯もあんまり綺麗じゃないかもしれねーし……あ! みて! 猿まで入ってる! おっさんの猿っぽいから、きっと全身をボリボリ掻いてケツやチンコまで洗ってると思うなぁ」
「……それは……嫌だな……」
「な!? 大風呂は、掃除して綺麗になった一番風呂にはいることにして、とりあえず今は部屋の風呂にしね?」
「……うん」
銀時の口八丁を素直に聞いてくれた土方が頷いたので、ホッとして部屋に引き返すことになった。
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