原作設定(補完)
□その53
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作成:2020/03/05
「……お、温泉に行きたい?」
その問いかけにモジモジした顔で頷く土方を、銀時は引きつった笑みで見た。
ほぼ初めての"おねだり"だし、そんなことを言っている自分に恥ずかしがっているところも可愛いし、すぐに承諾してやりたいところだがそうもしにくい。
「ち、近場でも良い温泉あるよね。俺、そっちがいいなぁ」
「俺は、仙望郷って温泉に行きてーんだよ」
「だってあそこはスタ……あ、あんまり良い温泉じゃないしぃ」
「? チャイナたちはすげーーー良い温泉だったって言ってたぞ?」
『神楽かコノヤロォォォォォォォ!!!!』
そう、土方が急に行きたいと言い出したのは"仙望郷"のことだった。
あそこがとんでもない温泉だと身に染みている銀時としては二度と行きたくないのだが、神楽にいろいろ吹き込まれたらしい土方はじいっと期待に満ちた目で銀時を見ている。
もうぎゅっとしたいぐらい可愛いけど、あそこは……あそこは……。
「そ、そんなでもねーよ? よくある温泉だって」
「だったらソコでもいいだろうが」
「で、でもぉ……遠いし……山の中だし……すげー汚い建物だし……」
「メガネもそんなこと言ってたけど、そのほうが趣があるっていうか……味? とにかくいっぺん行ってみてー!」
「……だけど……」
土方の必死さは伝わっていたけれど、銀時があまりにも渋るので土方は最終手段に出た。
唇をちょっと尖らせて、
「……俺と行くのが嫌なのか?」
拗ねるように言った。
ワザとだと分かっていても惚れた弱みなわけで、
「行きます! おまかせあれ!!」
きっぱりはっきり元気よく返事をした銀時に、土方は内心でにやりとしながら嬉しそうに笑った。
そして仙望郷では、
「分かってるよ、あんたもしつこいね、銀」
「女将、銀が来るのかい?」
「ああ。なんか、友達を連れてくる、なんて言ってたけど……あれはただの友達じゃないね」
「良い人、ってこと? なんだ、せっかく背中でも流してやろうと思ったのに」
「なんだもなにも、あんたじゃどうにもならないだろ」
「で? 銀に何か頼まれたのかい?」
「それがねー、どうもその友達ってのが幽霊とか全然ダメな人だから、ここがそういう宿だってバレないようにしてくれってさ」
「自分が怖いだけじゃないの」
「まあ、いいじゃないか。珍しいお客さんに楽しんでもらおうか」
なんて話しながら、久しぶりの銀時の来訪を楽しみにする女将とレイだった。
2人は雪深い山道を黙々と歩いていた。
行くと決めたら土方はさくっと休みを取り、こんなときに限って急な仕事で中止になることもなく、ここまで来てしまった。
あまりしつこく"帰ろう"と言うと逆に怪しまれそうなのでちくちくと説得してきたのだが、土方は諦めてくれない。
だがあのおどろおどろしいあの旅館を見たらドン引きして引き返してくれるかも、という銀時の期待は裏切られてしまった。
道案内の看板が新しくなっていたのでもしやと思って来たら、
「……なんだ。ちゃんと小奇麗な旅館じゃねーか」
以前来たときの暗い雰囲気はなくなり、普通の旅館の装いになっていた。
少しは心配していたのかホッとしている土方の隣で、銀時は顔に出さずにガッカリする。
そもそも"土方に怖がられないようにしてくれ"と頼んだのは銀時のほうなのなので、希望通りではあったのだが。
しかしその"希望通り"は敷地内に入るとあっさりと裏切られた。
「銀、久しぶりだねぇ。いらっしゃい」
そう声をかけてきた女将の後ろにはすっかりさわやかになった"旦那"と、隣に笑顔のリンが立っていて手を振っている。
一見、女将一家が出迎えてくれたように見えるが、旦那とレイは半透明でとても"普通"には見えない。
慌てて土方を見る銀時だったが、
「こんにちは。お世話になります」
土方は至って"普通"にそう挨拶をした。
あれ?、と思って見ていると、どうやら土方には女将しか見えていないようだ。
「じゃあ、部屋に案内するからね。ゆっくりしておいき」
そう言う女将と、中に向かう途中にこっそり聞いてみたら、
「見えにくくなるように札が貼ってあんのさ。たまに道に迷った旅人とか来ることもあるからね」
「え、でも俺には見えてるんですけど」
「あんたはしばらくここにいたせいで耐性がついちまったんだろうね」
ありがた迷惑な話だった。
でもまあ、その耐性のおかげで以前よりは怖くないし、土方に見えていないのならまあいかと思えなくも無い。
それでも旅館の中に入って、半透明の従業員やら客やらがウロウロしているのを見ると、やっぱりちょっと怖いんですけど、とも思う。
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