原作設定(補完)
□その50
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「な、なんで!? なんかあったのか!?」
興奮気味にそう訊ねた銀時に、沖田はわざとらしく驚いてみせる。
「あれぇ、土方さんを心配してくれてるんですかぃ?」
「……し、心配ぐらいするでしょ。銀さん優しい男だしね」
「喧嘩するほど仲が良いってやつですかぃ? じゃあ、本当は極秘事項ですが教えねーわけにはいかねーですね」
なんらか勘付いていて面白がってるとしか思えない沖田だが、"面白い"のためにいろいろ教えてくれるのを利用しない手はない。
余計なことは言わず話を聞いた。
「なんてことない警護の仕事だったんですがね、人が多くて混雑しちまって、押されて階段から落ちそうになってる子供を庇って……一緒に落ちちまったんでさ」
「……それで頭を打って、ってオチ?」
「ベタでしょう」
「ベタだね」
以前だったら"バカだねー"と思ったことでも、今なら"土方らしい"とも思える。
咄嗟に体が動いてしまったのだろう。
「それで? どの程度の記憶喪失なの?」
記憶喪失に対しては銀時は前科者なので、割と落ち着いてそう訊ねた。
「江戸に出てきたところまでは覚えてるみてーでした」
「…………だったら生活には支障ねーか」
「元気いっぱい体に悪いもんすすってまさぁ。髪が短けー、って騒いでやした」
"え? じゃあ昔は髪が長かったの? 見たぃぃぃ"と思いつつ、銀時は小さくほっと息をつく。
元気いっぱいなら安心だが、ということは銀時のことは一切覚えてないということ。
覚えていないのだから約束の時間に来るはずもなく、そして返事を聞くこともできない。
「……今は、どうしてんの?」
「屯所に引き篭もってまさぁ。出て歩きたがってるんですがね、敵も多い野郎なんで。まあ、あの頃からあちこちで暴れまわってたから浪士相手に負けるはずはねーんですけど」
沖田が思い浮かべている"あの頃の土方"は銀時の知らない土方だけれど、副長室で不貞腐れている様子は目に浮かぶ。
そのうち道場で隊士相手にストレス解消でも始めるだろう。
「医者は?」
「それは旦那が一番良く知ってるんじゃねーんですか」
肩を竦める沖田に、銀時も溜め息をついた。
自分が"記憶を失っている時"のことはあまり覚えていないけれど、医者ではどうにもならないから新八と神楽があちこち連れ回した、のは覚えている。
「……引き篭もってるより外に出たほうが思い出すんじゃね?」
「……土方さんに会いてーんで?」
「!? べ、別に会いたいわけじゃないけどね! 経験者のご意見ってやつです!」
「へえ。それじゃあ、参考にするように近藤さんに伝えておきまさぁ」
銀時が動揺する様子が見れて満足したのか、沖田はそう言って帰って行った。
本当はすぐにでも会いたいけれど、屯所に押しかけることもできないし、"参考にして"外をプラプラするのを待つしかないようだ。
「……なんつー誕生日ですかコノヤロー」
ついさっきまで、土方の返事如何で"天国か地獄か"という気分だった。
これで天国が先延ばしになってしまったような、地獄が先延ばしになってくれたような。
自分もそうだったらしいが、あちこち知り合いと会ってみても思い出すとは限らない。
それでも俺と会って思い出してくれたらな、なんて思っていたのだが、実際に会えたのは一月も後だった。
できるだけ団子屋に通っていた俺の前に、隊服の沖田と土方が姿を現す。
沖田はドヤ顔で、土方はいつもの不機嫌顔。
「お待たせしました、万事屋の旦那」
銀時に向かって沖田がそう言うと、土方はふと顔を銀時に向けて、
「……万事屋……」
なんて呟いた。
もしかして記憶が戻っちゃったりなんかしたりするんですか!?
と期待したのだが、土方は益々不機嫌そうな顔になった。
「てめーが俺たちに迷惑をかけまくってるっていうなんでも屋か」
「あ? 誰がなんでも屋ですかコノヤロー」
「違うんですかぃ?」
「違いません!! なんでもやるんでお仕事ください!!」
ついつい宣伝なんかしてしまったが、銀時は内心で思いっきりがっかりしていたのだ。
土方は自分のことを"知らない"、それが確定してしまった。
近藤たちにどんな話を聞かされたのか、銀時を見る目は、敵、やっかい者、ウマの骨。
今までだって"明らかに好意的"には見られてなかったものの、あんな返事をされるぐらいだから親しげではあったのに。
ちくりと胸が痛む。
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