原作設定(補完)
□その45
8ページ/17ページ
#444
作成:2019/02/26
「で? 俺にはチョコねーの?」
そう不貞腐れた顔で銀時が聞いたのは、2月14日の昼間、団子屋でマヨ団子を食している土方に向かってだった。
土方は行儀悪く食べている途中の団子の串を口で挟み、隣に置いてあった紙袋を差し出す。
「ん」
その中には色とりどりの包装紙に包まれたたくさんのチョコが入っていて、これが本当に"銀時宛に土方が用意したもの"だったら小躍りして喜べるものだ。
だが、そうでないことを銀時は知っている。
「あの、土方さん……これ、受け取ってください」
ほら、またきた。
土方が団子屋で和やかにしているせいか、普段の厳しい顔をしている時には近づいてこないような女性までもがやってきて、こうしてチョコを渡しに来る。
おまけに今日の土方は、
「どうも」
団子の串を口から外し、小さい笑みを浮かべてチョコを受け取って礼まで言った。
女性は"きゃー!(ハート)"という顔をして立ち去る。
そんな様子を何度も見せられ、当然銀時は面白くない。
「……つーか、なんなの、それ」
「何が」
「随分優しいじゃん。毎年"チョコなんていらねーのに、くだらない"とか言ってるくせに」
不機嫌な銀時に、土方は深い溜め息をついて言った。
「……とっつぁんの命令なんだよ」
「あ?」
「それじゃなくても評判の悪い真選組なんだから愛想良くしろ。とりあえずバレンタインのチョコは全部嬉しそうに受け取れ、ってよ」
嫌々そうに説明してくれたので、銀時の苛立ちはちょーっとだけ晴れた。
土方が自ら進んで嬉しそうにしてるんじゃないのなら良い。
だから、だったら自分にも優しくしてくれたらいいのに、と思ってしまっても我が儘ではないだろう。
「で? 俺にはチョコねーの?」
「ん」
振り出しに戻る銀時に、土方も再度紙袋を差し出す。
「……おめーが貰ったもんだから、おめーのもん?」
「そうとも言えるな」
「じゃあ、これはおめーから、ってこと?」
「そうとも言えるな」
「……分かった。じゃあ、そういうことで受け取る」
始めから"土方が自分で買って用意してくれている"なんて期待してなかったし、どうせこのチョコは屯所に持って帰って隊士たちに渡るのだから自分が貰っても罪はない、と考えることにした。
開き直ってみれば大量のチョコというのは嬉しいので、ご満悦の銀時に土方が懐から出したものを差し出してくる。
「……何?」
受け取ったソレは茶色の小瓶で、薬品っぽいのにラベルがないのが物々しい。
訊ねる銀時に、土方はやっぱり物々しいことをケロリとして言った。
「毒入りかどうかの試薬」
「……毒?」
「その中の何個かには攘夷志士が仕込んだ毒入りチョコが入っているはずだから、それで確認してから食えよ」
「食えるかぁぁぁぁ!!!」
しれっとなにとんでもないモノ押し付けてんだ、と銀時はチョコ入りの紙袋をつき返した。
そうなると分かっていたのだろう、土方はなんだか楽しそうで可愛い顔で笑う。
だけどそれが憎たらしいときもあるのだ。
「分かった、もういい」
銀時はそう言ってぷいっと土方に背中を向けると団子屋を後にした。
惚れた弱みでいつでもなんでもどんなことがあっても許してしまうけれど、拗ねるべきときには拗ねてもいいはずだ。
そんな銀時を呼び止めることも追いかけることもせず見送った土方が、満足気に笑ったことも知らずに。
.