原作設定(補完)

□その43
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翌日の夕方、切れた煙草の購入と気晴らしを兼ねて外に出た土方は、途中の公園で見覚えのある娘を見つけた。

昨日毛糸を拾ってやった食堂を手伝っている娘は、ベンチに座って真剣な表情で2本の棒をくねくねと動かしている。

その足元に件の毛糸がいくつも転がっているが、落としたのを気付かないぐらい熱心な様子。

「また落としてるぞ」

土方が近づいても声をかけるまで気付かなかった娘は、そう言われて驚いたあと、拾った毛糸を受け取って照れくさそうに笑った。

「あ、土方さん、ありがとうございます」

「こんなとこで寒くねーのか?」

「家でやってると店の手伝いをさせられて進まないから」

仕事では働き者の娘でも、家では手伝いを面倒くさがるような普通の子のようだ。

昨日の毛糸は娘の手で、まだまだ短いけれどちゃんとマフラーのようなものになってきている。

「順調か?」

「あ、はい、まあなんとか。初めて作るからなんか緊張しちゃって」

だからあんなに真剣な表情をしていたのか、と納得する土方に、娘は遠慮がちに訊ねてきた。

「土方さんは恋人から手編みのマフラーって……嬉しいですか?」

「あ?」

「なんか一目一目編んでるうちに、"あれ? これって重い?"なんて思っちゃって……」

それは土方も思ったことだが、娘のほうも考えて不安になってしまったらしい。

なのでフォロ方十四フォローは言ってやる。

「……まあ、付き合ってもいねーやつに貰ったら重いかもしれねーが、好きなヤツが作ってくれたもんなら嬉しいんじゃねーか」

「ホントですかっ!?」

「……まあ、たぶん」

「そうかな。そうですよね。前にお弁当作ってあげたときもすごく喜んでくれたしっ」

土方がちゃんと答えてくれたことが嬉しかったらしく、娘はぱっと表情を明るくした。

作るほうがこんなに楽しそうで嬉しそうなのだから、貰うほうも喜んでくれるだろう。

もし喜ばないような彼氏なら、真選組の隊士にチクって苛めてやろうと物騒なことを思うぐらいには説得力があった。

そう、土方が"動く"ための。

安心した娘に、近藤は土方のほうが遠慮がちに訊ねた。

「……聞きてーことがあるんだが……」

「はい?」

「…その……それ……不器用な男でも作れるか?」

言いにくそうにそう言った土方の顔は赤くて、とても"他人事"を言っているようには見えない。

そういう時には働く女の勘というものは的確なのだ。

「土方さんが作るんですか?」

「む、無理か? 難しいならいいんだっ」

今の土方の頼りはこの娘だけなので、当てられても誤魔化したり否定はしない。

娘がイメージする真選組の副長・土方とは全く違う様子から、娘はひらめきを発動する。

『土方さんが手編みでマフラーなんて……よっぽど大切な人に作ってあげたいんだわ…………土方さんの大切な人……もしかして……近藤さん!? 土方さん、近藤さん大好きだもんねっ! きっとそうだわ!』

あながち間違いとは言えないそのひらめきのおかげで、娘はすっかりその気になってくれたようだ。

「大丈夫ですよ! 本当に簡単なんです! 私ができるだけサポートするんで頑張りましょう!」

「……そ、そうか?」

やたらはりきって娘のほうから行動してくれる。

「じゃあ私、道具揃えておきますね」

「いや、そこまで面倒は……」

「ふふ。自分で手芸屋に買いに行けるんですか?」

「う………じゃあ、頼む」

「はいっ! じゃあ、色は何色がいいですか?」

「あ、それは……これ、この赤がいい」

「分かりました。教える場所は、屯所じゃないほうがいいですよね」

「そ、そうだな……」

「じゃあうちの店が閉店してから来てもらえますか? うちなら他の人に見つからず教えられますよ」

「……い、いいのか?」

「はいっ!」

娘がノリ気になってくれたおかげでとんとん拍子に話が進み、土方がちゃんと決心する前に後戻りができなくなった。

だが、きっと屯所に戻って冷静になったら怖気づいてしまうだろうから、このぐらい強引なほうが良かったかもしれない。

『もうやるしかねーな』

そう決意を固める土方だった。


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