原作設定(補完)

□その42
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♯419

作成:2018/11/21




その日の夜、真選組は少人数で、過激攘夷党の隠れ蓑になっているという宗教団体の本拠地に偵察に来ていた。

江戸から少し離れただけで大きな建物もない田舎の風景が広がり、本拠地自体も広大な平地の中にぽつんと建っていた。

「……本当にここが本拠地なのか?」

思わずそう呟いた土方に、山崎もちょっと想定外だったという顔で答える。

「えーっと……元は牧場だった土地を買い取ったらしいんですが……今も牧場に見えますね……」

通常なら山崎が一人で来るはずの偵察に、万が一のことを考えて土方と数名の隊士を連れて来たというのに、肩透かしを食った気分だ。

だがそうではないことを、建物をぐるりと見回した土方が見て取る。

「元、の割には整備されてる。明かりは点いてねーが……誰かは出入りしてそうだ」

「今は人の気配はないみたいですね。入ってみますか?」

「……そうだな……」

罠の可能性もあるが、ここまで来てなんの収穫もなく帰るのも癪だ。

二名の隊士を外の見張りに残し、薄暗い建物の中に侵入することにした。

携帯していた小型のライトで辺りを照らしながら中に入って行くが、やはり人の気配も、罠の類いも見当たらない。

中の家具等も、隠れ家というより集会所のようなさっぱりとした物が置かれていた。

もう少し探ろうかと思っていたら、何かを発見した山崎が呼びに来る。

「副長、ちょっと……」

神妙な顔をしているので何事かと思って着いて行ったら、建物の奥へ進み、さらに扉を開けると外へと出た。

そこに広がる光景に土方は息を飲む。

「これは………………牛か……」

「牛です」

元牧場だった、というだけあって柵に囲まれた広い牧場に、20頭ほどの牛がいた。

こちらに気付いていないが、確かに生きている大人の牛だ。

「……元、なら牛は処分するんじゃねーのか?」

「ですよね……えーと……」

まさか牛の群れの中に攘夷志士が隠れていることはないだろうな、と土方がライトをそちらに向けた途端、牛に気付かれた。

一匹が鳴いたのを合図にするかのように、全ての牛が柵に集まって土方たちに向かって鳴きだした。

20匹も集まるとすごい声で、驚く土方たちは辺りを見回すが近くに民家もないし、誰かが来る様子もなく、何も起きない。

「ふ、副長、とりあえず中に入りましょう」

山崎にそう言われて土方は建物の中に戻ったが、それを引き止めたがっているかのように牛たちは鳴いている。

「あいつら……腹でも減らしてんのかな……」

「そ、そうかもしれませんね。でも暗くて何も見えないので、朝まで待って何とかしてみます」

この建物が安全だと保証されないうちは、暗がりの中で牛に餌をやるのは危険だ。

まあ、あれだけ牛が騒いでも何の変化もないのだから、そこまで心配する必要はないかもしれないが。

「……もう少し調べたら今夜は引き上げよう」

「分かりました」

山崎と分かれ、土方は部屋の一室に入ってみる。

そこには誰かが集まっていた証拠のように、並べたテーブルの上に多数の湯飲みが置きっぱなしになっていた。

ここに本当に攘夷志士がいたのだとしたら、テロ行為も割りと規模の大きいものになる。

他に何か手がかりがないかと、土方は辺りを見回して食器棚に近づいた。

そこには小瓶が並べられていて、よく見ようと手を伸ばすが取り損ねて倒してしまう。

蓋が閉まっていなかったのか粉のようなものが飛び散って、土方はそれを吸い込んでしまった。

「うっ…………ん?…………茶、か?」

一瞬焦ってしまったが、その粉からは日本茶の匂いと味がした。

テーブルに湯飲みが並んでいたこともあって、ちょっと気が緩んだ土方だったが、改めて手に取った倒した小瓶に凍りつく。

ライトを当てた小瓶にはラベルが貼ってあり、"ウシニナール"、と嫌な予感しかしない文字が書いてあった。


「……ウシニナール……ウシになーる……ウシ……って……牛?……」

ベタなネーミングに「そんなわけねぇ」と思いたいところだったが、状況を鑑みるとそうと思い込めそうもない。

お茶の香りのする粉末、誰かがお茶を飲んでいたと思われるテーブル、そして茶碗と同じぐらいの数の牛。

もしあれが人間だったとしたら。

土方たちを見て騒ぎ出した牛たちには何か訴えたいことがあるのだとしたら。

心臓がバクバクと脈打つのに全身からは血の気が失せているよな気がした。

ソレを吸い込んだ。

量は少しのはずだけれど、少しだからこそ急いで水で流したとしても意味がないような気がした。

慌てて小瓶のラベルを見直すが、名称だけで他には何も明記されていない。

効力も効果もお客様相談センターの電話番号もなく、当然だが違法に作られたものだと判断するしかなかった。

まだ体に変調はないけれど、すぐに変化するとも限らない。

何か他に手がかりがないかと探ろうとしたが、並んだ他の小瓶にはラベルすらなく、それ以上は暗くてよく見えない上に、

「副長、ざっと調べ終わったんで帰りませんか」

そう言いながら山崎が戻ってきてしまう。

土方は咄嗟に小瓶をポケットに隠した。

状況を山崎に教えて対処法を探してもらうべきなのに、"大丈夫だ。牛になるはずがない"と否定したかったのかもしれない。

「副長? どうかしましたか?」

「……な、なんでもねえ。なら今日は帰るぞ」

山崎に続いて外に向かいながら、土方はさっきの部屋と、外の牛たちのいる方を振り返る。

後ろ髪引かれる思いを振り切って屯所に戻った。


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