原作設定(補完)
□その38
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#372
作成:2018/05/25
「土方さん、今日が何の日か知ってやすか?」
事務仕事で数日部屋に篭もっていた土方が、疲れた顔で久しぶりに食堂に出てきたところへ、ツヤツヤの顔をした沖田がそう質問してくる。
いろいろ言ってやりたいところだが、疲れのせいでその気にならず、
「……知らねー」
土方は興味なさそうに答えてとにかく食事を腹に詰め込んだ。
土方が嫌そうにしてればしてるほど絡んでくるのが沖田である。
「えぇぇ、知らねーんですかぃ。しかたねぇ、教えてあげやす」
「……別にい……」
「5月23日は"キスの日"らしいですぜぃ」
聞きたくもないのに教えられて、さらにその内容に土方は眉間にシワを寄せた。
嫌な予感しかしない。
「……へえ」
「興味ねーですかぃ?」
「ねーよ」
「そんな土方さんのために、良い物を用意しやした」
「……あ?」
ほらな、と思いながら沖田を見ると、満足気な笑みを浮かべている。
「モテモテなのに恋人の一人もつくらねー土方さんでも、好きな人ぐらいはいるんでしょう? ソイツと堂々とイチャつける口実にしてくだせぇ」
「……何をした」
「今食べてる食事に"24時間以内に好きな人とキスをしないと死ぬ"薬を混ぜやした」
「……は? そんなバカなもん……」
「お、沖田隊長!? それって昨日押収した天人製の薬のことじゃ……」
土方の隣で食事をしていた山崎が、本気で焦っている顔でそう言ってきた。
忙しかったので記憶はぼんやりしているが、そんな報告を受けたような気がする。
「あれはまだ調査中じゃなかったか?」
「それが今朝、ヤバイもんかもしれないってとっつぁんから連絡が……」
山崎が物騒な報告をする前に、物騒な放送がテレビから流れてきた。
昼のバラエティー番組が急にニュース画面に変わり、神妙な面持ちのアナウンサーが言った。
「幕府からの緊急発表です。巷で広がっている天人製の"好きな人とキスをしないと死ぬ"薬ですが、本当だと証明されました。キスしないと死にます。飲んでしまった人は24時間以内に好きな人とキスをしてください。でないと、死にます」
妙に説得力のあるはっきりきっぱりした言い方に、土方はようやく事の重大さに気付いた。
沖田を見てから、手元の食いかけの食事を見て、もう一度沖田を見る。
にやりと笑われて確信した。
『やる、こいつなら本当にやる! 間違いなくその薬を入れた!』
動かない土方に山崎が恐る恐る声をかけてきたが、
「……ふ、副長?」
「で、出かけて来る」
土方は蒼白な顔でそうとだけ言って、ふらふらと食堂を出るのだった。
私服に着替えて屯所を出た土方は、いろんな意味で心臓をバクバクさせていた。
薬が本物だと信じた以上、実行しなければ死ぬし、実行するにはものすごい勇気を出さなければならないからだ。
沖田が皮肉ったように、自分がモテるのは知っている。
キスするだけなら相手に不自由はしないが、"好きな相手"となると話は別だ。
『……お、俺はなんでよりによってアイツなんかを好きなんだ……』
不毛な相手に不毛な片想いをしていることを、本人にも一生言う気なんかなかったのに。
告白しなくてもキスしてもらうことはできるかもしれないが、理由も言わずに大人しくキスしてくれるような相手じゃないのだ。
死にたくなかったら、なんとかするしかなかった。
『ちくしょう、覚悟しろよ、万事屋ぁぁぁ!』
やけくそ気味に気合を入れて、銀時と遭遇しやすい団子屋に向かうのだった。
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