原作設定(補完)
□その36
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#354
作成:2018/03/02
人混みの中を土方十四郎はふらふらした足取りで歩いていた。
連続勤務も二週間以上になり、それでもなんとか気力を振り絞って見回りに出てきたが限界も近い。
なにか重大なミスを犯す前に、なんとか休みを取ろう。
アイツを誘って酒でも飲んでのんびりしたら気も晴れるはずだ、なんてことを考えていたら目前に立っている人に気付くのが遅れた。
背中に思い切りぶつかってしまい、疲れていたせいもあって不甲斐なくも土方は転んでしまう。
「……いたた……」
「大丈夫ですか?」
大の大人がぶつかったぐらいで座り込んでしまったことが情けなくて顔を上げられずにいたら、頭上から心配そうな声がかけられた。
その声に土方はばっと顔を上げ、自分を見下ろしている銀髪天パーに顔がほろこびそうになるのをぐっと抑える。
ツンデレと呼称されるのは不本意だが、素直に笑えないものは仕方ない。
眉間にシワを寄せて立ち上がると、
「ぼさっと歩いてんじゃねーぞコラァ」
なんて毒づいてしまった。
いつもの銀時ならそんな土方に嬉しそうに絡んできてくれるのだが、
「本当にすみません。怪我はありませんか?」
そう丁寧に謝られてしまった。
なにやら様子がおかしい、と戸惑いながら声をかける。
「……万事屋?」
名前を呼ばれて銀時は"またか"という困ったような顔をした。
「違います」
「……は?」
「人違いです。じゃあ、すみませんでした」
銀時であることを否定して、さっさと話を切り上げようと頭を下げると背中を向けて歩き出した。
人違い?
あの髪を、あの顔を、あの声を、間違えるはずがない。
付き合いが長いせいもあるが、三ヶ月前に距離が近付いてからは特に。
だが、赤の他人を見るように自分を見ていたことも、迷惑そうに話を打ち切られてしまったことも、銀時らしくないといえばない。
一瞬ぽかんとしてしまったが、我に返って慌てて銀時を追いかけようとしたとき、右腕を背後からぐいっと引っ張られた。
振り返ると、新八と神楽が立っていて、土方を引き止めている。
「すみません、土方さん」
「……なにがだ」
「銀ちゃん、頭くるくるぱーになったアル」
「あ?」
ということは、やっぱりさっきの男は銀時に間違いないらしい。
以前にも交通事故で記憶喪失になって近藤と一緒にトラブルに巻き込まれたことがあったが、今回はだいぶ事情が違っているようだった。
「正確には、催眠術で違う人間だと思い込んでるんです」
「……さ、催眠術?」
「仕事の依頼で、催眠術師の女性から仕事のサポートを頼まれたんですが……その女性にものすごく気に入られてしまったらしくて……」
「らしい?」
「私たちは一緒じゃなかったから聞き込みしたネ。ものごっさ迫られてイチャイチャしてたって言ってたアル」
土方の胸がちくりと痛む。
思っているよりずっと女性に惹かれるタイプなのだと、銀時自身が自覚していないからこういうことになるのだ。
トラブルに巻き込まれて、酷い目にあって、それでもヘラヘラと笑っているから、土方ばかりが心配する羽目にあう。
しかし、土方がそんな思いをしているのを新八たちは知らない。
たまたま遭遇して知られてしまったため説明してやってる、ぐらいにしか思ってないはずだ。
誰にも知られないように、悟られないように、静かにこっそりと心を結んでいた。
だが、あまりにもコソコソしすぎたために一線を越える機会を逃してしまい、気恥ずかしくなるようなお付き合いになってしまった。
一緒に酒を飲んだり話をしたり、たまの休みにそれぐらいのことしかしてやれないのに、銀時はいつも嬉しそうで。
その顔を見ることだけを楽しみ頑張っていたのだが、久し振りに会った銀時は他人を見る目をしていた。
それが全部見ず知らずの女のためだなんてやりきりれない。
どうすればいいのかは、新八たちに協力すれば分かるだろう。
「……それで? なんで催眠術なんてかけられたんだ?」
「銀ちゃんがメークインだったからアル」
「め、メークイン?」
「メンクイだよ、神楽ちゃん」
「それアル。銀ちゃんが全然その気にならなかったから、強硬手段に出たネ」
「……相手の女がイマイチだったのか?」
「分かりません」
「あ?」
「もしかしたら美人だったかもしれないですけど……50年前なら……」
「…………婆さん?」
「はい。相手は老人だと思うので銀さんも油断してしまったみたいで……あっさりころっと催眠術にかけられちゃったらしいです」
現場に居なかったので事態を把握することも、助けることもできなかった。
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