虎牛設定(補完)
□その3
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牛が宣言したように、律儀にも毎日やってきては勝負を挑んできた。
無視してもしつこく居座るので、さっさと相手して帰してしまおうとしたら、立ち直りが早いのか午後にまたやってくる始末。
これでは弟子にしなくても鍛えてやってるようなものだ。
実際に、"やっぱり牛は牛"でもちょっとずつ腕を上げているような気がする。
今までで最長時間粘ったものの、いつものように地面に転がされて牛は悔しそうだった。
「……くそっ……次こそは……」
「……なぁ、なんでそんなに弟子になりてーんだ?」
「言っただろっ。俺はでんじゃーでばいおれんすな猛獣になるんだっ」
「どうして猛獣になりたいんだ?」
「……それは……」
いつものようにギャーギャーと喚くように教えてくれるかと思ったのに、牛は言いにくそうに黙ってしまう。
虎に勝負を挑んでくるときみたいに険しい顔はしているけれど、その表情の中には寂しさとか悲しさとが含まれていた。
何か言いたいのかもしれない。
が、牛は結局それが何かは言わず、
「そ、それを教えて欲しかったら俺を弟子にしろ!!」
なんて言い出してまた虎を睨んでくる。
まあ、理由を話してくれたところで牛を弟子にする気なんてないし、虎には関係のないことだ。
「それは俺に勝ったら、だろ。じゃあ、また明日ガンバレ」
別にどうでもいいや、という感じにそう言って虎は家の中に戻る。
それを見送る牛はまた寂しそうな顔をしたが、口をぎゅっと結んで何かを必死に我慢して帰って行った。
夏だった季節が秋に変わっても、相変わらず牛は虎のところへ来ていた。
牛は実に研究熱心だったようで、日々、虎の動きを予習、復習しては勝負に挑んでいた。
そんなある日、
「あ」
虎が思わず声を洩らしたと同時に、その手から牛の相手をしていた棒切れが落ちた。
カランと音を立てて地面に転がった棒切れを、牛も一瞬、何が起こったのか分からない、という顔で見てしまったが、気付いて慌てて棒切れを虎に拾われないように蹴り飛ばす。
そして自分が握っていた棒切れを虎の喉元に突きつけた。
虎が面倒くさそうな顔で溜め息をついたのを見て、ぱあっと顔を輝かせる。
「勝った!! やったぁぁぁ! ようやく勝った!!」
本当に嬉しかったのか、そう叫んでぴょんぴょん跳ね回る牛に、虎も諦めたようだった。
「分かった。別に俺は約束したわけじゃねーけど、今までのしつこさに免じて弟子にしてやる」
「本当か!?」
わくわくした顔で駆け寄ってくる牛に、虎は条件を提示する。
「弟子になるなら、ここに住み込みで働いてもらう」
「……え……」
「弟子が師匠の世話をするのは当たり前だからな。お前を鍛えてやる代わりに馬車馬のように働け」
ブラック企業真っ青の条件に、牛は困惑しているようだった。
「……ここに、住むのか?」
「そうだ。なんだ? 嫌なのか? 嫌なら弟子入りの話も無かったことに……」
「嫌じゃない! ……嫌じゃないけど……」
いままでの努力を無かったことにされそうになり、慌てて否定した牛だったが何か心配事があるらしく、恐る恐る尋ねる。
「……お、俺を……食うのか?」
怯えているその様子が憎たらしくて、虎は牛のほっぺたをむにゅぅぅぅっと引っ張った。
「だぁれがこんな食うところもない貧弱な牛を食うか。もっと食いでが出てきてから心配しろ」
「ひはい、ひはい」
柔らかい頬はよく伸びて、半べそをかいて痛がっている牛の顔は歳相応に幼く見えた。
とても今更だったが、毎日顔を合わせていても"他人"だと思うから聞かなかったことがある。
「お前、名前は?」
虎にそう聞かれ、牛は頬をさすりながら答えた。
「……十四郎」
「そうか。じゃあ、十四郎、さっそく昼飯の支度を……」
「あ、あのっ!」
すでに師匠モードに入ったらしい虎に用事を頼まれそうになり、牛は慌てて言った。
「に、荷物、取ってきたい」
「……分かった」
虎が了承すると、牛はぴゅーっといつも帰る方向へ走って行った。
こんなことになるとは思わなかった、と普通だったら戻ってこないかもしれない。
だが牛は必ず戻ってくる。
その理由を知っている虎は、
「……俺も甘ぇな……」
と、自分自身に呆れて溜め息を漏らすのだった。
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