原作設定(補完)
□その34
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#334
作成:2018/01/05
正月三が日も過ぎた夜、銀時は不機嫌な表情で酒を浴びるように飲んでいた。
「……年が明けたからってなにもめでてーことなんかねーよ……なにも変わってねーよ……俺に良いことなんかなにもねーよ……」
いつもの居酒屋のいつもの席に座り、愚痴りながら隣をチラリと見る。
ごくごくたまーに運が良ければ座っているヤツの姿はない。
普段他の場所で顔を合わせればいがみあってばかりなのに、酒の席だけはそうならずに済んでいた。
だから小金が出来てはこの店に来て、来るか来ないか分からない姿が現われるのを待つ日々。
それでも会えれば幸せだと思っている自分が、今日は格段に虚しく感じるのはどうしてなのか。
「あっはっはっは、金時、気は持ちようぜよ! 新年なんじゃき前向きに行かんか」
その理由は、反対の席から聞えてくるうんざりするような声のせいだと分かっていた。
「……うるせー、てめーには分からねーよ」
「分かっちょる、分かっちょる。全然モテないお前のために、ワシがええもんをくれてやるぜよ」
そう言いながら坂本が懐から取り出したのは、手書きのラベルが貼られた素っ気無い瓶が3本。
坂本が持ち出すものはロクなものじゃないと分かっていても、天人を相手に商売しているだけあって珍しいものをたくさん持っている。
酔っているせいもあり、
「……なんだよ、ソレは」
銀時が興味を示したことで、坂本が嬉しそうに説明してくれた。
「惚れ薬ぜよ。陸奥が手に入れたもんじゃき、安心して使こうてくれ」
「陸奥が? なんでアイツがそんなもん……」
「ワシが探しておったんじゃが、また騙されて紛い物掴まされるよりマシじゃ言うてな」
なるほど。坂本が自分で入手したものよりは、陸奥のほうが信用できそうだ。
「なんで3本だよ」
「効き目が弱いもんから強いもんまであるらしいぜよ。えっと、"い"が弱い……あれ? "は"が弱い、じゃったかのう」
「おい」
「間違いなか、"い"が弱いほうじゃ! で、どうする? "は"ば飲ませたら効果覿面、相手はお前にメロメロじゃ」
差し出された"は"と書かれた瓶を見つめて銀時は葛藤する。
これを飲ませたらアイツが俺を好きになる。
そんな夢のような話があっていいのか。
今やなんでも有りな天人の製品の中でも限りなく危険な代物だろう。
だが、酒が入っているせいで寂しさと虚しさが極限だった銀時には、"いらない"と拒絶するのも難しかった。
「……よ、弱いほうはどんな効果なんだよ」
「弱いほう? 確か……一緒にお茶を飲む、程度だったはずじゃあ」
「!!」
そんな子供じみた効果しかない代物に、銀時の胸はときめいた。
仕事で忙しいアイツに遭遇するのは昼間のほうが断然に多い。
喧嘩しかしない昼間に一緒にお茶でも飲めるなら、それは十分幸せなんじゃないだろうか、と。
自分なんかにホレさせて人生台無しにしてしまうより、そんな些細な幸せが自分には似合うんじゃないか、と。
銀時はテーブルの上の"い"と書かれた瓶を手に取った。
「なんじゃ、それでいいがか? それよりも一発で一発できるようになるほうがえんじゃ……」
「……つーか、てめーはコレ使ってみたのかよ」
「……おりょうちゃんは正月休みで実家に帰っとるそうじゃ……」
しょんぼりと肩を落とした坂本に、銀時は改めて瓶を見る。
得体の知れないモノを最初に使う不安はあるものの、試してみたいという気持ちがムクムクと湧いてきた。
一緒にお茶を飲むぐらいなら。
銀時は手の中の瓶をぎゅっと握り締めた。
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