原作設定(補完)
□その32
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その日の夜、土方は万事屋に居た。
もちろん「遊びに行って良いか?」と聞ける関係でもないため、こっそりと忍び込んだ。
念のために見つかったときの言い訳も数種類用意していたのだが、幸い神楽は留守で定春も居らず、銀時が酒の匂いをさせてアホ面で寝ていて気付かれなかった。
ホッとしてから『寝顔を見るのは初めてだな……ふっ、マヌケな顔……』なんて思いながら銀時の寝顔を見つめてしまい、我に返って忍び込んだ理由を思い出す。
懐から取り出したのは例のスプレー缶。
やっぱりコレを使う以外に方法が思いつかなくて、そうなったら居ても立ってもいられず来てしまった。
少し躊躇いながらもスプレー缶を寝ている銀時に向かって噴射する。
説明では吸い込んでから頭に思い浮かべたモノの姿になる、と書かれているが、銀時はだらしない姿のままだ。
寝ている状態なのでスプレーを吸い込んだからと言ってすぐに誰かを思い浮かべることはできないし、今は夢を見ていないのかもしれない。
だから夢を見るまで待つしかなかった。
暇なのできょろきょろとあたりを見回してみたが、魂入れ替わりのとき以来久し振りの和室は、すっかり銀時の匂いになってしまっている。
あの時は銀時の部屋に居るってことが照れくさくなったり嬉しくなったり、そんな自分が嫌で毒づいてみたり。
これがきっかけて少し仲良くできるんじゃないかと期待して、結局そんなこともなくガッカリしたものだ。
『どこまで弱気なんだ、俺は』
情けなさ過ぎる。
さらにこんな方法で自分をどう想っているか確認しようなんて。
このまま結果を知ることなく帰ったほうがマシだな、と銀時を見て土方は凍りつく。
銀時は変身していた。
淡い紫色の長い髪の、眼鏡をかけた忍者の服を着た女に。
『……確か……名前は猿飛あやめ……』
魂の入れ替わりで名前を知る以前から、銀時の周りをウロチョロしてベタベタしていた女だ。
彼女の一方通行で銀時には全くその気がないのだと、新八たちの話から知らされていた。
だがもしかして周りに気付かれないようにしていただけで、銀時にはその気があったのかもしれない。
そう思うとずきりと胸が痛んだ。
こうなることも想像していたというのに、予想以上にショックを受けているのが嫌だった。
これが結果ならもう諦めるしかないと思ったのだが、銀時の様子がおかしいのに気付いた。
眉間にシワを寄せて苦悶の表情を浮かべている。
「?」
好きな人の夢を見て幸せだという顔じゃない。
寝言でも言ってくれればもっと分かりやすかったのだが、何も言わないままスプレーを使ってから1時間過ぎて銀時の姿に戻ってしまった。
夜はまだ長いが一度に何度もなんらかの薬品を使うのは気が引ける。
土方は小さく息をついて万事屋を出た。
翌日、土方はパトカーから、通りかかったかぶき町で銀時と猿飛が一緒にいるのを見た。
抱きつこうとする猿飛を、心底嫌そうな顔で拒絶している銀時の姿だ。
「嫌がっても怒っても全然へこたれないさっちゃんに、銀さんは本当に困ってるんですよ」
新八がそう言っていた通りの様子だった。
『……たまたまあの女の夢を見ていただけで、好きとじゃない……のか?……』
それは嬉しいことだったが、それでは万事屋に忍び込んだ目的を果たしていないことになる。
こうなったら後には引けないと、土方は今夜も試す決心が着いた。
昨日の変身が間違いだったと分かったので、その日の夜も土方は万事屋に居た。
今夜も神楽は留守で、銀時は酔っ払っている。
三食の食事すらままならないこともあるのに、毎日飲んでいるなんてなんてやつだ、と思わなくないが今は好都合だった。
昨日と同じく寝ている銀時にスプレーを使って、しばらく様子を見ていた。
やっぱり結果が出るを見てるのはドキドキする。
目をつぶって深呼吸した後、再び目を開けたらもう銀時は変身していた。
「!!」
目の前の布団に眠っているのは綺麗な顔に大きな傷のある女だった。
写真で見たことがある。
銀時が吉原のいざこざに巻き込まれたとき、山崎に調べさせた資料の中にあった。
とくに月詠とは親しげにしていることもあるのだと聞いて、忘れることができなかった顔だ。
銀時なら、吉原の女でも、顔に醜い傷があろうとも、そんなことで差別するようなことはない。
だからきっとこの女も良いヤツで、男である自分なんかと付き合うよりずっとずっと楽しいはずだ。
昨日の夜は失敗したが今度こそ間違いない、そう思った。
ぎゅっと唇を結んで土方は万事屋をそっと抜け出した。
屯所まで歩く足が重い。
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