学園設定(補完)
□逆3Z−その3
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それから1週間、坂田は毎日1年校舎へやってきた。
自分を慕って会いにきてくれる初めての生徒に、教師として喜びを感じていた土方だったが、だんだん不安になってきた。
坂田が来るのは長い休憩の昼休みだったが、その時間には1年の生徒が勉強をしに来ることもあるわけで、
「やっだぁ、坂田先輩ぃ」
「いや、マジですよ」
そんな感じに和気藹々とされると、前科(ナンパ)があるだけに疑わしくなってくる。
が、土方の姿を見つけて嬉しそうに笑われると、「もう来るな」とは言えない。
「せんせー、昨日の宿題やってきたよ」
そう言って、本当に数学を教えることになって出した宿題を見せてきた。
教えてみて分かったが、坂田の数学嫌いは“やらず嫌い”だったんだろうと思う。
コツを教えると割と早く飲み込み、ちゃんと応用もできていた。
宿題に丸をつけながら、それを頬杖ついて見ている坂田に聞いてみる。
「……やれば出来るんだから、ちゃんと授業聞けば赤点なんか取らないだろ?」
「担当教師が若くて美人じゃないとやる気が出ないんだよねぇ」
溜め息まじりにそう答えられ、そんな理由かと呆れてしまう。
おまけに、
「だから1年のときから土方先生に教わってたら頑張れたんだけどなー」
なんて遠まわしに“土方が若くて美人”だと言われた。
それを“見かけどおりにチャライ男のたわ言”だと分かっていても、怒る気になれないのは坂田の持つ不思議な空気のせいだろうか。
最初に会ったときとは少し違うその空気に戸惑うことはあったけれど。
3年Z組。
隣のクラスから遊びに来た桂が、主の居ない席を見て、前の席に座る高杉に問いかける。
「ん?銀時はまた居ないのか?」
「例の場所だろ」
「……まだ気付かないのか、アイツは」
「バカだからな」
呆れる桂と、面白げに笑う高杉だった。
「土方先生、3年の坂田に勉強教えてるんだって?」
職員室で古株の教師にそう訊ねられ、土方はドキーッとした。
ちゃんと勉強を教えてはいるが、やはり3年生を毎日1年校舎に入れているのはマズイと叱られるかと思ったのに、
「あ、あの、それは……」
「担当の先生が、真面目に授業を受けてくれて助かるって言ってたぞ」
褒められた。
生徒が頑張っていると褒められるのはとても嬉しいが、3年生にもなってそんなことを言われている坂田に情けなくもある。
勉強はやってくれるが、相変わらず1年女子とも楽しそうにしてるし、女教師を見かけると必ずわざわざ声をかけに行くし、しかも、
「先生? んな眉間にシワ寄せてたら綺麗な顔が台無しだよ」
なんてことを男の自分にさえ言ってくる始末。
溜め息をつきつつ言ってやった。
「……お前、そんな風で将来……どんな仕事に就くつもりなんだ?」
成績は赤点ばかりで本人もその気がないらしく進学しないというのは聞いていたが、就職も心配な気がした。
だが土方の心配を余所に、あっさりと答えた坂田に逆に驚かされる。
「あ、俺、バイト先に就職するの決めてるんだよね」
「バイト?」
「うん。ホストクラブ」
「!!!?」
この学校は学業に差しさわりのない範囲でのバイトも許可されているが、さすがにソレは無理だろう、と頭が痛い。
「未成年のくせにお前……」
「あー、大丈夫。接客じゃなくてホール係のほうだから。一滴も飲んでません」
そのきっぱりした言い方が余計に嘘臭いし、“一滴も”というのはおそらく嘘だろう。
「だけど何もホストクラブじゃなくても………って、そこに就職するってことはやっぱりホストになるんじゃねーか」
「だって女の子にチヤホヤされてお酒も飲めて金も稼げるなんて良くね?」
楽天的にそう言った坂田に、担当教師ではないが土方は口出しせずにはいられなくなった。
だが難しい顔で真剣に話したのに、
「……もっと真面目に将来考えたほうがいいんじゃないか?」
「せーんせっ、それって偏見〜」
坂田は笑いながらもチクリと胸に痛いことを言い返してくる。
「ホストだってちゃんとした仕事だよ。言うほど楽じゃないのもちゃんと分かってるし」
悪いイメージしかない土方には理解できなくても、バイトをしながら坂田なりに考えてのことらしかった。
心配そうな顔をする土方に坂田はその気持ちを話してくれる。
「良い店なんだよ。店長が“女性を幸せにするため”にホストやってる人でさ、無理に酒を勧めたり過度な営業もしないし、そんな店長に着いてきてるホストばっかりだからみんな良い人なんだ」
そう言った顔がいつもの軽口を叩く軽そうな顔じゃなく、親しい人を語るように嬉しそうでさえあった。
毎日会うようになって二週間程度だが、成績は赤点だからけでも“馬鹿じゃない”のは分かっているので、坂田の考えは間違っていないんだと思う。
悪いイメージが無ければ坂田のような男にホストは合っているのかもしれない、とさえ思えてきた。
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