学園設定(補完)

□逆3Z−その3
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近藤とも土方とも違う“強い相手”に燃えてしまうのは男の子らしいと言えるが、その男子の後ろにもずらーっと子供たちが並んでいる。

「なっ……並ぶなぁぁぁ!!」

「えぇぇぇ、ずりぃよ、一人だけ!僕の腕試しもしろ!」

「……“しろ?”」

「……してください!」

「「「してください!」」」

子供たちに声を揃えてそうお願いされて、坂田は近藤と土方の方に視線を向けた。

「俺、雑用で雇われてるんですけどぉ」

「……分かった。バイト代、上乗せする」

「……ちっ、仕方ねーなぁ」

渋々という顔であっさり了承した坂田は、それから子供たちを相手に打ち込み稽古となってしまった。

子供は一人づつだが、坂田は一人で全員を相手にしているわけで、終わったころには疲労困憊、道場の出入り口の涼しいところでぐったりと座り込んでいた。

呼吸が整ってきたころ、隣にコツンと何かが置かれて顔を上げる。

土方が冷たい物を持ってきてくれたようだ。

それから興味津々で隣に座った。

「剣道、やってたのか?」

「……まあ、ちょっと……」

“まあ、ちょっと”であれだけのことできるはずもない、と土方は思う。

剣の捌き方から見て、道場のようなところに通って正式に教わったものではなく“我流”という気もした。

だから色々聞いてみたいのだが、自分から“剣道をやってる”と言い出さなかったことを考えると公言したいことでもないらしい。

担任教師と生徒とはいえプライベートを根掘り葉掘り訊ねるわけにはいかないので、

「“ちょっと”でアレなら、教えてくれた人が強かったんだな」

遠まわしに聞いてみた。

ただ単に“剣道の強い人”というのに興味があっただけのことだったが、坂田がぽつりと呟いた返事に戸惑う。

「鬼みてーに強い人だったよ」

“鬼”と呼びながらもその声には愛情すら感じられたのに、それを語る言葉は過去形だった。

土方の戸惑いに気付いたのか、坂田は小さく笑う。

「子供の頃に預けられてた施設のおっさんで、強ぇけど何も教えてくれなかったから俺たちは必死に腕を上げるしかなかった。いつか追いついてやると思って背中を追いかけていたはずなのに……勝ち逃げされて……悔しくなってやめた」

坂田が思い出しているであろう“追いつけない背中”、それは土方の胸の奥深くにもある記憶。

追いかけて追いかけて、いつか追いつけると思っていた背中が消えた寂しさを土方も知っている。

坂田はその寂しさのせいで剣道を捨ててしまったようだが、自分でそう思い込んでいるだけで大切な気持ちだけは忘れていないはずだ。

久し振りに握った竹刀を子供たち相手に振り回しているその顔は、とても楽しそうだったのだから。

不器用で剣道を続けるしかなかった土方と違い、坂田は何をやっても器用で他のことに没頭できたのだろう。

それは逃げだったのかもしれないが、逃げることにも努力と苦労がある。

土方は“頑張っている子供”が好きなので、ついついいつもの癖が出てしまった。

坂田の頭をくしゃりと撫でて、

「よく頑張ったな、銀時」

そう言ってやったら、坂田は微妙に身体を強張らせる。

頭を撫でられるという十年ぶりの感触は、忘れようとしていた記憶も呼び戻した。

“よく頑張りましたね、銀時”

何も教えてくれないくせに頑張っている姿を褒めてくれた大きな手。

ずっと後姿しか思い出せなかったのに、笑った顔と優しい声が浮かんで目頭が熱くなった。

が、泣きそうになっているのに気付かれるのが嫌で、坂田は子供扱いした土方に噛み付く。

「な、なんだよ、急に!」

「何が」

「ぎ、銀時って」

ずっと名字で呼んでいたくせに、急に名前で呼んだりするから余計なことまで思い出してしまったに違いない。

「ああ。近藤さんが子供たちを全員名前で呼ぶからな……つられた」

そういえばさっき竹刀を投げて寄越したとき、近藤にも名前で呼ばれていた。

目上の人だし、先生だし、名前で呼んでもかまわないだろうが、なんだか急に気恥ずかしくなる。

「お、俺だけ名前で呼んだら、親しげな感じでマズイんじゃないんですかぁ。担任教師としてぇ」

なんて可愛くないことを言ってみたのだが、土方は納得したような顔で、

「……そうだな、新学期までに考えておく。そろそろ夕食作りの準備に入ったほうがいいぞ、銀時」

わざと名前を呼んでにいっと笑うと、先に道場に戻って行った。

残された坂田は不覚にもきゅーんと胸とときめかされてしまう。

近藤も自分も言ったように、土方は普段とても無愛想なので、あんなふうに笑った顔なんて始めて見た。

しかも上から目線の小悪魔的な笑顔(坂田主観)は、実はとてもツボだったのだ。

『や、ヤバイ……』

焦りながら、全身で大きな深呼吸を数回つき、自分を落ち着かせる坂田だった。


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