学園設定(補完)

□逆3Z−その3
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#52

作成:2017/08/31




土方十四郎は蒸し暑い夏の夜道を歩いていた。

今日は学校の教師たちとの納涼飲み会があり、酒はあまり好きじゃないので極力押さえたものの、付き合いというやつで少し飲みすぎてしまったようだ。

酒で火照った身体を冷ますために駅から自分のアパートまで歩いていたのだが、チカチカと眩しい光が目の前に現われる。

『……工事中か……』

夜間の道路工事のようで、アパートへの最短距離は通れない。

普段はバスで駅までを往復していたためこのあたりの地図には詳しくないが、適当に歩いてもいつか知った道に出るだろうと脇道へ逸れようとしたとき、

「あ? お兄さん、そっち行っても迂回できないよ。行き止まりだから」

工事現場のほうから土方に向かってそう声がかけられた。

自分に言ったのだと気付いた土方はすぐに足を止め振り返る。

「そうなのか」

「この道の先に行きたいんだったら、こっちの……」

親切に道を教えてくれようと近付いてきた作業員は、背後の明かりで逆光になっていたが近付いてきてようやく顔が見えた。

「……坂田?」

「ひ、ひじっ…………違います、人違いですぅ(裏声)」

あきらかに“しまった”という顔をしておきながら、外して顎にひっかけていたマスクで顔を半分隠したのは、自クラスの生徒だった。

見苦しい言い訳をしたのには理由があり、土方が教師を務める学校では生徒のバイトには制限があり、深夜のバイト、学業に差しさわりがでるような力仕事などは禁止されている。

それを知っているからシラを切ってるし、さらに逃亡しようと試みたのだが、

「それじゃあ僕はこれで……(裏声)」

「待てコラァ」

自分のクラスの生徒がルール違反をしてることを、見てしまったからには教師として放置はできない。

「校則違反だって分かってるよな?」

やっぱり誤魔化せないと観念した坂田は、しょんぼりとして土方のほうを向き頷いた。

坂田は見た目は銀髪で派手な姿をしているが、割と地味な生徒で問題を起したことはない。

両親がおらず祖母らしき人のところで暮らしているようだから、金を稼ぎたい気持ちは分かるのだが、校則違反で処罰されては元も子もないと思うのだ。

「バイトなら他にいくらでもあるだろう?全部を禁止してるわけじゃないんだし……」

「夜の肉体労働のほうが金になる」

「だからそれは禁止されてる。最近は飲食店でも割りと時給が良いんだろ?」

「……見た目こんなだからやりにくい」
自分の容姿のことを気にしてはいるようだ。

そこまでして稼ごうとするのはやはり家の事情だろうかと考えると、無下に説教するのも心苦しくもある。

「……家のことが大変で働こうとするのは偉いと思うが……」

が、土方の心配を余所に、坂田はけろりとくだらない話をしてくれた。

「家?」

「……お婆さんと暮らしてるんだろ」

「あー。あのババアはちょっとやそっとじゃ死にそうにねーし、飲み屋経営してるから俺より金持ちだし……」

土方の頭の中に描かれた“祖母の世話をやく孝行な孫”の図が、ガラガラと音をたてて崩れる。

「…………じゃあ、なんでバイトを……」

「自分の飯代ぐらい自分で稼げって言われてんだもんよ。学校がある間は学食があるから食券で好きなだけ食えるんだけど、もうすぐ夏休みじゃん?稼いでおかないと三食とおやつが食えないし」

「……好きなだけって……うちの学校は別に食べ放題ってわけじゃないだろ」

大きな学校なので食堂のメニューも豊富で、おまけに値段も安い。

だが好きなだけ食べるためにはそれなりに金もかかるだろうが、坂田はその“方法”も教えてくれた。

「俺、学校で万事屋やってんだよね」

「万事屋?」

「んー……なんでも屋、的な?試合の助っ人とか授業のノート取ったりとかテストのヤマ張ったりとか……その報酬が食券なわけ。俺、わりと器用だからねー、利用客は多いんだ」

だから授業もちゃんと聞いてるし、成績もけっこう良いのか。

生徒が真面目なのは良いことだが、となれば、校則違反についての同情が全く必要ないと土方は判断した。

「そんなくだらない理由で校則違反は見逃せない」

「えええぇぇぇ。くだらなくないですぅぅ、死活問題ですぅぅ。俺に夏休みに飢えて死ねって言うんですかぁぁぁ」

「代わりのバイト紹介してやる」

実は知り合いから“若くて体力のありそうなバイト”を探してくれと頼まれていたのだ。

仕事の内容を知っているだけに、誰に声をかければいいかと悩んでいたのでちょうど良かった。

「まじでか!…………あー、でも先生の紹介かぁ……堅苦しいのとかは嫌だよ」

「大丈夫だ。時給はあまり良くないが、三食昼寝とおやつも付ける」

「やる!」

即答で返事をした坂田に、土方は抱えていた悩みの種が2つ解決したことに内心でホッと息をついた。


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