原作設定(補完)
□その24
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「それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
隊士たちに笑顔で見送られて複雑な気持ちの土方。外出は銀時とのデート(仮)のため。
沖田から話を聞いた近藤は記憶喪失仲間だったせいもあり「非常事態以外は協力してやれ」と快く送り出してくれ、他の隊士たちは沖田の送った写真を思い出して半笑いだ。
それでも局長命令で仕事抜きでゆっくりできるのだからと、あえて反論もせずにおくことにした。
今日のデート(仮)は夜になってしまったので居酒屋での待ち合わせになり、先に待っていた銀時を見てちょっと心配になる。
「……こんな贅沢して大丈夫なのか?」
今までの低予算でのデート(仮)とは違い、居酒屋で酒を飲むとなればまあまあの金がかかる。
万事屋が激貧だというのは承知しているのだが、この記憶喪失の銀時は常識的な男のプライドを持ち合わせているらしく絶対に奢らせてくれないのだ。
「大丈夫ですよ。仕事して稼いできました」
そう言って銀時らしくない爽やかな笑顔を浮かべた。
「“万事屋”ってなんでもやるのが仕事らしくて、今日はペットの猫探しと、壊れた屋根の修理をしました」
そんなことをしている姿を時々見かけたな、と土方は思い出す。
「依頼料はあまり高くないですが、こうやって困っている人を助けるために働くのが万事屋だと新八くんが教えてくれました」
それは嘘だな、と酒を飲みながら土方は察した。
記憶喪失なことをいいことに、新八に嘘をつかれて働かされているようだ。
「でも神楽ちゃんには、“パー子になったほうが稼げる”って言われたんですよ。だけど新八くんに、僕のアイデンティティが崩壊するから止めてあげて、と言われました。パー子になるってなんでしょう?」
そう言いながら銀時は首を傾げた。
土方はパー子の姿を思い浮かべる。
記憶を失くして至って普通の生真面目な性格になり、仕事なし、彼女なしを悲嘆して死のうとした男が、あの“パー子”になったり、あの職場に行ったりしたらと思ったら、
「ぶはっ、確かにアレは何かが崩壊するだろうな」
土方は思わず吹き出してしまった。
そのまましばらく楽しそうに笑う土方を、銀時は始めて見た。
こうしてほぼ毎日会ってくれるのだから恋人だというのは間違いないだろうと思いながら、土方はそんなに楽しそうじゃないことがずっと気になっていたのだ。
酒が入っているせいかもしれないけれど始めて隣で嬉しそうに笑う土方に、銀時の胸がふわっと温かくなる。
良い感じに酔って店を出た二人に、夜風が火照った体を心地よく冷やして通り過ぎた。
屯所と万事屋への分かれ道で土方は、かぶき町内だけれど万事屋までの道を覚えていないかもしれないと心配して、
「じゃあな。帰りの道順、大丈……」
振り返りながらかけた言葉を飲み込む。
隣を歩いていた銀時は、思っていたよりもすぐ側に立っていた。
「…多串くん…」
名前を呼ぶくぐもった声も見つめる瞳も熱を帯びていて、何をされるかはすぐに分かった。
咄嗟に身を後ろに引いたもののそこは壁で、逃げ道のないまま唇が重なる。
突き飛ばしても蹴り飛ばしても良かったのに何故かしなかった。
ゆっくりと唇が離れて、恋人の“フリ”の土方としては顔を合わせるのは気まずいなと思っていたのに、銀時は体を離そうとせずそのまま額を土方の肩に乗せて呟いた。
「…記憶がないままじゃ、土方くんの知ってる僕じゃないのに……こんなことしてすみません…」
この銀時にとっては記憶喪失になる前の自分は“知らない他人”であり、土方にとって今の自分が“知らない他人”であるということがずっと頭にあった。
だから土方は一線を画していたし、恋人だと浮かれながらも自分もそうしていたんだと思う。
なのに今どうしても土方に触れたくなって、抑えきれずに体が動いてしまったことを、銀時は申し訳なく思っているようだった。
だが、本当はそんなこと思う必要がないことを土方は知っている。
『おれの知ってるてめーは、こんなことしよーなんて思わねーよ』
そう言いそうになるのを我慢して、寄りかかる銀時を受け止めたまま土方は目を閉じた。
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