学園設定(補完)

□同級生−その2
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自宅アパートの最寄り駅に降り立った土方は、ずどーんと落ち込んでいた。

近藤が用事があってバイトの時間までにどうしても行けそうにないため、用事が終わるまでの代理をしてきたのだが、自分のあまりの役立たずっぷりにへこみまくっているのだ。

今までにバイトというものをしたことがない。ずっと部活三昧だったせいもあるのだが、する切っ掛けがなかった。
また

近所のばあさんたちの仕事の手伝いとか、お祭りの売り子ぐらいはしたことがあったけれど、近藤に頼まれて行った先は居酒屋。


引き受けるまでは軽く考えていた土方も、都会の週末の居酒屋の恐ろしさを身を持って体験させられた。

記憶力と体力には自信があるが、忙しさと酔っ払いの特性にワタワタしっぱなしでいろんな失敗をしたのに、店の人が優しかったのが幸いだった。

こんな役立たずな代理でも親切にしてもらえたのは近藤の人柄のおかげだろうと嬉しがる土方だったが、実は「ものすっごいイケメンが来た」と喜ばれてのことだったことは交代したあとの近藤しか知らない。

そんな訳で落ち込んだまま改札を出てみれば、外は天気予報にはなかった土砂降りの雨。

傘もなくタクシー待ちも行列。だがタクシーを待っている時間はなかった。

今日は昨年上映された“となりのペドロ3”が地上波初放送する日なのだ。当然映画館にも観に行ったが、ファンとしてはTV上映も見逃せない。

残り時間と雨を確認し、土方はちらりと駅から左手にある細い道を見る。

その道を通ればアパートまで最短距離で行くことができるため、放送には間に合うし濡れる時間も短くて済むだろう。

が、そこにはラブいホテルが2軒連立していて、この時間では利用者に遭遇してしまう可能性が高かった。

いつもは駅から右手の道へ迂回してコンビニなどに立ち寄ったりしているのだが、今日はそれでは間に合わない。

『びゅーっとものすごい速さで駆け抜けてしまえばいいか』

脚力にも自信がある土方は雨の中を左手に向かって駆け出した。

夜になって気温が下がったせいか雨は思っていたよりも冷たいなと思いながら走っていると、5mぐらい先のホテルから出て来る人の姿緒を見つけてしまった。

予定通り駆け抜けようと思っていた土方だったのに、足が止まってしまう。

透明のビニール傘から街灯の明かりで鈍く光る銀髪。

土方に気付いて動揺した坂田を確認したあと、視線を地面に落としたまま顔を上げられなかった。

隣に並んでいたのは学校で一緒にいるのを何度か見たことがある男。

駅に向かうのか水を跳ねる足音が近づいてきても、連れの男の怪訝そうな視線を感じても、足音が通り過ぎても、動けない。

胸のモヤモヤが収まらないまま何週間も見つけないようにしていた坂田に、こんな風に会ってしまったことでモヤモヤを超えて苦しくさえあった。

呼吸さえ上手くできずに息苦しくなったとき、

「…ちょっと待っててくんね…」

背後で小さい声でそう言う声が聞え、それから足音が近づいてきた。

坂田が戻ってきたと思うだけでどうしようもなく苦しくなって、
「土方くん、風邪引くよ。これ使っ……」

「触んなっ!!」

傘を差し出してくる気配に、声を遮ってそう叫んでしまっていた。

明らかな拒絶に銀時も動けなくなった。

姿は見えなくても傷付けたことは分かるのに土方は何も言えず、激しくなる雨が体に突き刺さる。

2人の微妙で気まずい空気に、離れた場所で待っていた男が坂田の名前を呼んだ。

「……銀時」

少し躊躇ったあと、坂田は黙って土方の側を離れて行く。

振り返って呼び止めて謝らなければならない。それは分かるのに、何故できないのか苦しいのかが分からなかった。

2人の足音が聞えなくなってから急に力が抜けて体が動くようになり、土方は走ってアパートまで戻った。

びしょ濡れのままベッドに倒れ込んで、枕にぎゅっと顔面を押し付ける。そうしないと涙が出そうだったから。

「……俺って……最低だ……」

呟きは暗闇に消え、気持ちと一緒に体の体温まで落ちていった。



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