原作設定(補完)

□その20
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耳を澄ませる。

早朝、起きて欠伸をしながら背伸びをし、脱いでいた靴を踵を鳴らして履く。腰に“刀”を刺して、振り返り俺が寝ているのを確認してからドアに向かう。

一晩中いろいろ考えつづけた結果、はっきり“見える”ようになった男の名前を呼んでやった。

「万事屋」

出かけようとしていた男は不意に声をかけられたことに一瞬動揺し、振り返って俺をじっと見つめている。

俺も寝ていた身体を起こして目隠しされたまま男を見返してやったら、観念したようだ。

俺の元までやってきて目隠しを外す。相変わらずの死んだ魚のような目で悪びれもなく笑った。

「どうして分かった?」

「食事が全部マヨだったじゃねーか。身近な人間で、こんなことしそーなのはてめーしかいねえ」

「……せめて食事だけでも好きなもん、って銀さんの優しさだったんだけどなぁ」

正体がバレてもちっとも困ってなさそうな態度に腹が立つ。

出会いは最悪でその素性は怪しいことこの上ないが、コイツの意思でこんなことをされる理由がない。

「どういうつもりだ」

「お仕事? 真選組の副長さんをしばらく監禁してくれって頼まれたんだよねー」

「誰に頼まれた」

「んー……守秘義務?」

「いくらで引き受けた」

「企業秘密」

「倍……3倍払うから俺を逃がせ」

「この業界、依頼主を裏切ったらお終いだよ」

「5倍!」

「………………何倍でも無理だから」

ちっ、ちょっと考えたくせに。

10倍ならいけるか?元の金額が分からないが、組からその予算が出せるだろうか。

捕まったのは俺の不覚だから出してくれないかもしれない。

となると俺の貯金だけじゃそこまで出せないかもしれないな……と考えているのが分かったのか、

「ホントに無理だから。万事屋潰すわけにはいかないんだよね。あんなんでも俺の居場所だし」

なんて神妙なことを言いやがる。

俺の居場所は奪おうとしているくせに、とは言えなかった。

ちゃらんぽらんに生きてそうで、あの店を大事にしているのはガキ共を見ていれば分かる。

コイツの居場所はともかく、ガキ共を路頭に迷わすのは気の毒だ。……あのガキ共なら迷っても生きていけそうだけれど。

俺がしぶしぶでも素直に納得したのが不思議なのか、

「怒ってねーの?」

なんて聞いてきやがるが、納得しただけで許したわけじゃない。

「怒ってるわぁ!手解いて刀寄越せっ。てめーを叩き切って自力で逃げてやらぁ!」

挑発には乗らず万事屋は笑いながら立ち上がった。

「そんだけ元気なら大丈夫だな。なんか欲しいもんある?」

買い出しに行くところだったことを思い出したらしい。監禁してるヤツのリクエストを聞くなんてお人好しもいいところだが、せっかくなので言葉に甘えてやることにした。

「やきそばとマガジン。あと煙草」

遠慮のない俺に万事屋は笑い、「了解」と言って部屋を出て行った。

一人になってようやく息をつく。

望ましいことじゃないけれど数々の事件で顔を合わせて助けられたりしているうちに、いつのまにか警戒を解いてしまっていた。

あんな得体の知れない奴なのに、悪いヤツじゃないんじゃないかって、心の奥底で思っていたのかもしれない。

それがこのザマだ。

相手が万事屋だったのが良かったのか悪かったのか、見極めなくてはならないようだ。



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