原作設定(補完)

□その17
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暗闇の中を慎重に歩いて行く。“てめー”一人ならもっとさくさく進むこともできるのだが、“お前”がおっかなびっくりなのでゆっくり行くことにした。

緩やかな傾斜になっていて、地面が雨水で濡れている穴を進みながら“てめー”が、

「なぁ、死ぬ前にやっときてーこととかねーの?」

なんてことを言い出した。おそらくぎゅーっと手を握っている“お前”を安心させるためだろうが、的が外れていた。

「縁起でもねーこと言うなぁ!」

「ねーの?」

失言はまったく気にしてなさそうなのでそれ以上余計なことは言わず、“お前”は言うか言うまいかしばらく考えた後、ぽつりと答える。

「………強くなりてー」

大切な物を守るために、もう後悔しないために。

思いつめたような声に、“てめー”はそれが本気なのだと察した。

大人が聞いたら一笑されそうな願い。だが子供でも強く真剣に願う思いがあることを、“てめー”も今なら分かる。

「ふ〜ん。じゃあ、出れたら俺が相手になってやるよ」

「あ?……俺はつえーぞ。相手になんのかよ」

「俺はもっとつえーから、お前なんかに負けねーよ」

余裕の笑みを浮かべているだろう“てめー”に、それがけして過言ではないと気付いていた“お前”はそれ以上の反論も止めた。

“なんか”と言われたのは悔しいが、どれだけ虚勢を張っても相手にされなさそうな気がするからだ。

話を反らすように問いかける。

「次はてめーの番だぞ。やっときてーことねーのか」

「あ?俺?……ん〜…やっときてーこと……………あ!………いやいやいや、でもなぁ」

なぜかモジモジしだす“てめー”に、眉間にシワを寄せて“お前”は答えを急かす。

「なんだよ。俺には言わせといて、さっさと言えよ」

「……えっとぉ……じゃあ………ちゅー…はしておきてーなー、なんつってみたり?」

「ちゅー……って?」

「キス。接吻」

真面目に答えた自分がバカみたいな気持ちになる返答に、“お前”は白けた口調で感想を述べる。

「……ふぅん……」

「あ、てめっ、バカにしてんなっ。男としてこれは大事なことだろ!……って、他のヤツが言ってた」

どうやら他人の受け売りらしく、今までの余裕とは打って変わって自信なさそうに言った。

ようやく“同世代の子供”みたいなところが見えたなと“お前”は嬉しそうに笑う。

「ずいぶん可愛い願いだな」

「なんだよ、初ちゅーがまだなのが悪いんですかぁ?」

「いや、俺もまだだし」

「………」

「………」

初キスを済ませられるような可愛い恋愛をしてこなかった自分を、それぞれが猛反省している中、“てめー”がとんでもない提案をする。

「……じゃあ、お前、させてくんね?」

「……何を」

「だからちゅー。何度“ちゅー”って言わせんだよ、恥ずかしいだろうが」

「なっ!? ば、ばっかじゃねーのっ!何で俺がっ……」

きっぱりはっきり拒絶する“お前”に、見えなくてもわざとらしくしょんぼりと肩を落とした“てめー”が呟く。

「…このまま外に出れなかったらちゅーもできずに死ぬのかな……誰かのせいで……」

「ぐっ………ひ、卑怯だぞっ……」

「可哀想な俺」

悲壮感は伝わってきたし確かにこの事態の責任は自分にあると認めている。

なので根が真面目な“お前”は覚悟を決めた。

「……っ………………わ、分かった」

「まじでか」

「お、男に二言はねー」

「ひひっ。んじゃ、遠慮なく」

了承した途端に後悔するが、真っ暗なのにやっぱり“てめー”は迷うことなく“お前”の頬に触れる。

真っ暗でどうせ見えないのに思わず目をぎゅっと瞑った“お前”の唇に、暖かくて柔らかい物がぴったりと張り付き、止めた息で苦しくなる直前にソレは離れた。

どうせならと“てめー”も息の切れるギリギリまで堪能してからゆっくり体を離し、半笑いで感想を述べる。

「……初キッスは泥の味」

「し、仕方ねーだろ」

2人とも泥まみれになったあと綺麗な水で洗うことができていないため、拭いた程度では落ちなかった泥の味が記念すべき思い出になってしまった。

穴の中から出られないかもしれない、なんてピンチのときにのん気なことだが2人とも笑えてきた。

だがいつまでも笑っていられないので、近くに居るだろう“てめー”の服のどこかをぎゅっと掴み、

「ほら、さっさと出口を探せ。男とのちゅーを最初で最後にしたくなけりゃ、死ぬ気で見つけろよ」

「ですよね〜」

“お前”に発破をかけられたので、満面の笑みを浮かべながら“てめー”はしぶしぶ従うような返事をする。

もちろん見えないと分かっているからこその笑顔だった。



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