学園設定(補完)
□逆3Z−その2
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「あ? なにしてんだ、お前」
その問いかけに対する答えは、道場の中から返ってきた。
「あ、あのっ、銀さんは怪しくないですっ!練習しに来ただけなんですっ」
駆け寄ってきてそう言ったのは新八だった。練習しに来たとは言うけれど、名簿の人数は合っている。
「どういうことだ?」
「銀さんはうちの道場に通ってたんですけど、無くなっちゃったんで……そしたら近藤さんが連れて来いって言ってくれて……」
新八の家も道場を開いていたが父親が亡くなって閉門してしまったらしい。
ならば新八と同じようにこの道場に入門すればいいだけなのだが、名簿に名前が無いということは月謝を払う正式な生徒ではないということだろうか。
土方が事情を推察するために難しい顔をしていると、
「新八、俺、帰るわ」
“銀さん”と呼ばれた子供は自らそう言い出した。
歓迎ムードじゃないのを察したせいだろうが、あまりにも子供っぽくないその態度に土方のほうが悪いことをしている気分になり、帰ろうとする子供を呼び止めていた。
「ちょっと待て………1人足りねーから、練習相手になってけ」
それを聞いた新八がぱっと嬉しそうな顔をし、道場の中の子供たちからも安堵の空気が流れた。どうやらこの男子は仲間と認められているようだ。
「銀さん、良いってっ」
「……しょーがねーから手伝ってやる」
言い方は憎たらしかったが嬉しいのを誤魔化そうとしている表情に、土方は小さく笑った。
10人での準備運動の後、竹刀稽古が始まってから土方は“銀さん”がここに通っている理由を知った。
『なんだコイツ……強いっ』
子供ばかりの稽古とはいえ、比べるまでもなく段違いに強いのが分かった。
近藤や新八の剣さばきとは違う、荒削りだが好きもムダもない動き。
『我流か?……にしても、これは……近藤さんが気に入るわけだ……』
圧倒的に強いのに一方的ではなく、ちゃんと相手の動きを見て打ち込む隙を与えてみたり。剣道を楽しんでいるという顔をしていた。
そうやって様子を見ているうちに、その子が自分をちらちら見ているのに気付いた。
土方は内心でほくそ笑む。腕に自信があればあるほど、その強さを試してみたいと思うものだ。
近藤だったら喜んで相手になってやるのだろうが、あいにくそういう優しさは持ち合わせていないので今日のところはスルーすることにした。
2時間(土曜日なので長め)の練習を終え、全員で挨拶をしようとする前に、
「じゃあな、新八っ」
「あっ、銀さんっ、ちゃんとあいさつ……」
声をかけてさっさと道場を出て行く“銀さん”を新八が呼び止めるが、もう姿はなかった。
「……すみません」
「ふっ。かまわねーよ。じゃあ、終わりっ」
「ありがとうございましたっ」
元気良く挨拶をしてワラワラと帰り支度をする子供たちの中から、新八に向かって声をかける。
「あいつ、年はいくつだ?名前は?」
ここに通っている事情はまだしも、名前を知らないのは不自由だったので聞いてみたのだが、
「年は僕より2つ上だって言ってたので10才で、名前は銀さんです」
「……いや、じゃなくて……」
「それしか知らないんです。教えてくれなくて」
「は?」
何か複雑な事情がありそうだ、というのしか分からなかった。
「悪い悪い、言うの忘れてたっ」
ムダ口防止のための図書館での勉強が終わった近藤がひとしきりお妙の素晴らしさを語った後、土方の話を聞いて悪びれもせず笑った。
「アイツ強いだろ?いろいろ教えたらもっと強くなるかと思ってな」
「それはいいけど、なんでこっそり通ってるんだ?」
「あー、どうやらなぁ、施設の子らしいんだわ。新八くんのとこに居たときも親父さんの好意だったらしいしな」
養護施設。だから道場に通いたいと言い出せないでいるのだろうか。つくづく子供らしくない子供だ。
「まぁ、それはいいけど……アイツ名前はなんてんだ?」
「銀、って呼んでるな」
「…………知らねーのか?」
「だって、教えてくれねーんだもん」
拗ねるようにそう言った近藤だが、それでいいのか?という顔の土方に、笑って答える。
「連絡されたくねーんじゃねーかな。だから、まあいいかと思ってんだ」
新八の父親や近藤を信用していないんじゃなく、信用しているからこそ心配をかけまいとしているのかもしれない。
「……あんたがそれでいいなら、俺は別にどうでもいいんだけどな」
「はははっ。毎回来るわけじゃねーんだけどな、来たときはよろしく頼むよ」
近藤が嬉しそうな顔をするほど“銀”を可愛がっている理由は、土方にも理解できた。
子供のころからずっと剣道をやってきた自分から見ても、あれだけ才能のある子供は興味深いと言える。
部活を引退して後輩たちへのシゴキが懐かしくなってきたところだったので、銀をビシバシ鍛えてやるのもいいかと思う土方だった。
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