学園設定(補完)
□同級生−その1
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act.3
夕方、土方はフラフラした足取りで帰宅した。
部活帰りであったが練習で疲れたわけではなく、沖田にうまく誘導されていつのまにか鬼ごっこが始まってしまい、狭い道場でやたら走り回っただけで部活が終わってしまったからだ。
『これだからうちの部は弱いんだよ』
秋の大会のためにもう少し気合を入れて練習したい副部長の土方に対し、部長の近藤以下部員のほとんどが“楽しく剣道をやりたい”だけなのでこんなことはしょっちゅうだった。
とは言っても、近藤や沖田などはそんな適当でもそこそこ強く、個人戦なら県大会の上位までいくのだから、もっと真剣にやればいいのにと一人やきもきさせられる毎日だ。
「ただいま」
玄関でスリッパに履き替えようとして、家の主人がまだ帰宅していないのに気付いた。
土方が部活を頑張りたいのには、強くなりたいという理由以外にももう1つあった。
この家に来たばかりの土方に剣道をすすめてくれたのが叔父で、メキメキと上達していく土方に喜び応援してくれる叔父に、高校の大会でいい成績を修めて自慢に思って欲しいと思ったのだ。
そんなことをしなくても頑張ってる土方を見て喜んでくれると分かってもいる。
「おかえりなさい、十四郎さん」
台所から出てきた叔母が迎えてくれ、何故か少しモジモジしながら聞いてきた。
「あのね、今月末の土曜日、何か用事がある?」
「土曜日?……部活はあると思いますけど……」
「実はね。結婚記念日なの、20年目の。だからお祝いにご馳走でもつくろうかと」
「えっ、あ、おめでとうございます。………あの、でも……じゃあ、俺はいないほうがいいんじゃ……」
「あはははっ。そんなことないわよ。十四郎さんが一緒じゃないとあの人も拗ねるから、一緒にお祝いしてちょうだい」
結婚記念日というと“夫婦、2人の特別な日”というイメージがあるため遠慮しようとする土方に、叔母は笑い飛ばして一蹴してくれる。
土方が内心嬉しがっていると、玄関が開いて叔父が帰ってきた。
「ただいま〜」
「おかえりなさい」
片足をちょっと引きずっている叔父に気付いて、叔母が心配そうな顔で言った。
「どうしたの?足?」
「ああ。昔ケガしたところが痛みだして…」
「寒くなってきたものね。先にお風呂入って温めたほうがいいわ」
「そうするよ」
着替えるために部屋に戻った土方は、月末の結婚記念日のことを考えていた。
今まで聞いたことがなかったので二人とも興味がないのかと思っていたが、やはり20年目というのは特別なのだろう。
子供がいない二人は、土方のことを本当の子供のように可愛がってくれている。ならば、本当の子供のようにお祝いしてあげたい。
鞄をベッドに放り投げ、机の引き出しから貯金通帳を取り出す。
バイトは2人に禁止されているし、お小遣いは無駄遣いしないようにやりくりはしているが、しょせんは高校生の貯金である。
残高を見つめて、あまり高い物は無理だが何か形に残るものを買おうと思った。
ふと先ほどの叔父のことを思い出し、そういえば昔から寒い日には足を擦ったりしていた気がする。
そういう人に良い物はないかと考えてみたが、思いつかなかったので明日学校で聞いてみることにした。
翌日、休憩時間に後ろの席の近藤に早速話をしてみる。
「寒い日に膝が暖かくなるものね〜」
「ももひきがいいんじゃねーですかぃ」
真剣に考えてくれようとする近藤に対し、沖田はからかうような顔で口を出してくる。
「……なんかおっさんクサイだろ」
「じゃあ、さるまた」
「……」
「なら、すててこ」
「みんな似たようなもんじゃねーかっ」
確かに暖かいのだろうが“おっさんの下着”というイメージが強く、結婚記念日なのだからもうちょっとカッコ良いものにしたい。
話が聞こえたらしい隣の席の女子が教えてくれた。
「ひざかけとかでいいんじゃない?」
「ひざかけ?」
「そう、こういうの」
そう言って鞄から取り出したのは、茶色い生地のバスタオルぐらいの大きさの布だった。女子がよく教室で使っている。
「それパンツ隠すためじゃないのか?」
「違うわよっ!女の子は足が冷えるでしょ!」
「だったら短いスカートなんか履かなきゃいいんでぃ」
「うるさいわねっ!」
近藤と沖田にチャチャを入れられて怒る女子に、土方は真面目な顔で聞き返す。
「それ、暖かいのか?」
「暖かいよ〜。大人の男の人向けのだって売ってるし、高いやつならもっと暖かいかも」
「へえ」
「あ、あとは手編みのひざかけなんかもいいよね! な〜んて、土方くんが作るわけないよね〜…………土方くん?」
“手作り”と言われて頭の中に一人の姿が浮かび、黙ってしまった土方に女性とか首を傾げる。
手作りプレゼントを巡って知り合いになった一人の男子生徒。
誕生日にプレゼントを貰って以来、友達とは違う、微妙な位置に立つその存在のことを考えると胸が騒ぐ。
だが、向こうからもこちらからも、歩み寄ることがないまま冬になってしまった。
『これが切っ掛けになるかな』
そう考えると熱くなる頬を、手の甲で拭った。
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