学園設定(補完)
□3Z−その1
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最後になる、と言った銀八の言葉が土方の拒絶する気持ちを吹き飛ばした。
何もかもが違うこんな状況だったが、同じ味のするキス、触れる手のひらの熱。
放り出されていた土方の両腕が、するりと銀八の首に回されぎゅっと抱き締める。ふわふわの髪。
『思い出さなかったら…これが最後になる……もう、抱いてもらえなくなる……』
一生側にいれると思っていたわけじゃなかったが、こんな風に訳の分からない理由で無くなるなんて考えもしなかった。
「……先生……せんせ……先生っ……」
きつく抱き締めた腕の中、そこには居ないのに耳元で繰り返し呼んだ。
切なすぎるその声に銀八の胸は痛み、そして、
『“先生”って呼ぶなんて、よっぽど寂しい思いをさせてんだな』
学校や人前以外では名前を呼んでいる土方が、先生と言い出すのは甘やかして欲しいときか寂しい時だったなと思い出し、ふと気が付く。
『あ?何だ今の。……んなこと、俺が知ってるわけない』
土方と向き合ったばかりの銀八には知りえるはずもない情報に、抱き締められたまま肩口で溜め息をつく。
身体の奥深くのほうから何かが湧き上がってくるのを感じた。
そして閉じた目の裏側に10年前に失くした後ろ姿が思い浮かぶ。
『……教師になってたり、あのバカ共と友情が続いてたり、好きなヤツと付き合ってたり………6年後の俺はけっこう楽しくやってるよ、先生……』
名前を呼ばれたような気がして銀八が目を開けたとき、状況を推察しようとしてプチパニックに陥った。
四肢に触れ視界に広がるのは布団。首をがっちりとホールドされているので頭を動かすことはできないが、目だけで見渡すと見慣れない部屋と黒い髪。
視覚的考察だと、アレな場所でソレをしようとしている、コレは土方だと思うのだが……。
「……土方…くん?……」
返事はないがこのさらさらの髪と匂い、身体の感触、ソレな状態からも土方だろう、じゃないと困ると思いながら恐る恐る聞いてみた。
「えーと……なんでこんなことになってんですかね?」
こんな場所に来てこんな状況でこんな質問をしたら普通は怒られるのだろうが、首にしがみ付いていた腕が離れたのでようやく上体を起した銀八の眼下には驚いた顔をしている土方が居た。
土方だったことに内心ホッとしている銀八に、土方が掠れるような声で問いかける。
「……先生?……」
「や、全部忘れたわけじゃねーよ?電車で秋の味覚を食いに行くつもりで出かけて………あれ?……もしかしてどっかで酒でも飲んだ?最近飲んでねーから回るの早………って、土方ぁぁああ!?」
必死に記憶にある部分を並べていた銀八だったが、それを聞いていた土方の顔が歪んでボロボロと泣き始めたから大慌て。
公園で一度泣いたことで涙腺が弱くなっていたらしく、混乱する銀八のために早く説明しなくてはならないと思うのに涙が止まらなかった。
15分後、ソファに座った土方が鼻をすすりながら話してくれた内容に、ベッドに座った銀八は頭を抱える。
頭を打って大学以降の記憶を失くし、当然土方のことも忘れてしまったが思い出すためにデートして、振った挙句にこんな場所に連れ込んだという、眩暈がするような話だった。
この2週間は、あんな風に泣き出してしまうぐらい土方には辛い毎日だったに違いない。
「……ごめんな……」
本当にすまなそうに銀八がそう呟くから、土方も大泣きしてしまった照れ隠しで拗ねるように答えてやる。
「……思い出してくれたから、いい……」
その仕草と表情に、銀八は嫌な汗をかいた。
場所が場所だけに、そんな可愛い顔をされたのでは平常心でいられそうもない。
「あー……そんじゃ、出るかっ。明日改めてゆっくりお詫び申し上げるんで……」
立ち上がりながら動揺を隠そうとして逆におかしな動きになっている銀八に、土方は頼りない子供を見るような気持ちで笑う。
こんなときでも自分から誘おうとしない銀八。そんな子にしてしまったのは自分の責任だから、
「…金払ったのに、何もしねーで出るのか?」
そう言ってやったら、銀八は真っ赤になって、バツが悪い顔をしてから、申し訳なさそうに抱き締めてくれた。
触れてもらえず2週間でカラカラになった心が、嬉しさと幸せで満ちていく気がした。
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