学園設定(補完)
□3Z−その1
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それから土方は店や場所を訪ねては1つ1つ話してくれた。銀八が思い出してくれるように、何をしたとか、何を言ったとか。
デートと呼ぶには役不足な場所で、思い出と呼ぶにはたわいない話ばかりなのに、土方は楽しそうに話す。
高校生が一回り近く年の離れたおっさんと、人目を気にしてコソコソするようなデートばかりでいいのかと思っていたが、余計な心配だったようだ。
最後に寄ったのは学校から駅までの途中にある牛丼屋。
一緒にいるための口実的な雑用を手伝った後、銀八のおごりで安い牛丼をゆっくり食べながら話をする。
銀八は自分のことをあまり語りたがらなかったから、たいがいは土方が話すことに銀八が相槌を打ったり茶々を入れたりするぐらいの、つまらなそうな時間が土方にとっては大切らしかった。
牛丼屋を出て、出発地点である駅前に着くと土方は表情を曇らせて言った。
「……だいたい、こんなもん」
できるだけのことはしてみたのだが銀八に何か思い出したような様子はなく、それをガッカリしているのだろう。
よくよく考えてみればこっそり付き合っている二人の思い出なんて、学校か銀八のアパートにあるものがほとんどなのだから、この程度で記憶喪失に刺激を与えるのは難しかった。
落ち込む土方に、銀八は背中を向けながら、
「こっち」
着いてくるように促して歩き出した。
駅から学校とは逆方向に少し行った場所に、半端な大きさの公園がある。土方は銀八のアパートに行く途中でチラ見する程度のものだった。
駅や学校が近いこともあって昼間は人が多くて立ち寄ったことはなかったが、休日の夜には人の姿はなく静まり返っている。
公園の中に入っていく銀八に、土方は黙って着いてきた。
良い話じゃなさそうなのは背中が語っていて、土方の表情はますます曇っていく。
通りから人目につかないところで足を止め振り返った銀八は、不安げな顔の土方を見つめる。
“土方と付き合えれば誰も傷付かない”と思ったのは本気だし、そのつもりで土方と行動し面白いところも可愛いところも見つけることはできたが、
「…やっぱ無理だな…」
気持ちに変化が起きないことを正直に口にした。
視線を落とした土方に、せめてもの言い訳をしてみる。
「お前がダメだっていうわけじゃねーんだ。俺は……今までそういう意味で誰かを好きになったことがない。誰かのことで頭をいっぱいにしたり幸せだと思ったり……そういうのがなかったから……6年の間に何があったのかは分からねーけど、誰かをそういう気持ちで想えるんなら……お前を好きになれるんだったらそれが一番良かったんだろうけど……」
揺れない気持ち、動かない心。土方と一緒にいても、携帯やアパートに“銀八の想い”を見つけても、どこか他人事でしかなかった。
“孫に囲まれた老後”なんてのも、誰かを愛して結婚してという願望があるわけじゃない。いつかうっかり失敗しちゃってアレ的なソレでそうなるんじゃないかな、程度のことだ。
桂に聞いたらヤツの知っている限りでは特定の相手と付き合っている様子は今までなかったらしいし、ようやく見つけた相手なら好きになってみたかった。
「……だけど…俺にはやっぱり無理みてーだ」
その言葉には“できない自分”に対する悲しみも含まれていたのだが、それを察してやれるほど土方にも恋愛経験はなく、“銀八からの拒絶”だけが深く胸に突き刺さる。
「………分かった。じゃ、帰る」
俯いたままそう言って土方は踵を返した。
覚悟はできてたかのようにあっさりとしていたのに、微かに震えた語尾とちらりと見えた表情に、銀八は“思わず”手を伸ばして腕を掴んでしまった。
引き戻されたことを責めて睨んだ土方の目からは、ぼたぼたと涙が零れる。泣かれるとは思ってなかった。
「……っ……」
土方自身にもコントロールできないのか、涙を止めようと目をぎゅっと瞑ってみれば余計に溢れて流れ落ち、袖でそれを拭う。
「…だ、いじょうぶ、だから…銀八のせいじゃ…な……」
必死に言い訳する土方を止めるように、銀八はそっと頬に触れた。そういえば誰かがこんな風に泣いている姿を見るのも初めてかもしれない。
しかも自分のせいで泣いている者の姿はこんなに胸が痛くなるものなんだと知った。そしてその痛みの中に混ざりこんでくる別な気持ち。
銀八に触れられて動けなくなっている土方に、
「…そういや…好きになるきっかけなんて他にもあったな…」
そう言って、逃げられないように腕をしっかり掴んだまま唇を重ねた。
土方の身体が強張ったのも分かったし、きっと涙も止まったことだろう。抵抗がないのを幸いに何度も繰り返したあとゆっくり離れると、土方は驚いていた顔を歪めて銀八を睨んだ。
「…なんで…」
土方の涙に愛しさが沸いたから……と言えればよかったのだが、銀八の胸に浮かんだ別な気持ちはもっと俗物的なもの。
アパートに宿泊の痕跡とそれだけじゃないという物証も見つけていて、そういう意味でも興味があったことを思い出した。
そこから始まる恋愛、なんて漫画みたいなことがあるだろうか。
「どうせなら最後まで試してみるって手もあるよな」
戸惑う土方の手を掴んで銀八は歩き出した。
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