原作設定(補完)
□その12
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翌日、非番の土方は夜になってから外へ出た。
山崎がなにやら機嫌良さそうにしていたのでイラッとして殴りたいのを我慢して出てきた。
やってきたのは入ったことがない居酒屋の前。
“じゃあ、このあいだ見つけた店に行ってみね?”
銀時があの日の前日、電話でそう言っていた店だ。
本当はあの日もこうして店の前に立ってみた。銀時がすぐ記憶を取り戻して約束通りに待ってくれているんじゃないかと思ったが、中に入ることは出来なかった。
あれから初めての非番。
銀時から何も連絡がないということはまだ思い出していないはずなのに、先日の“思わず抱き締めてしまった”という顔をした銀時に“もしかして”と期待している自分がいた。
『……なさけねーな……』
思い出さないのならそれでもいい、と思って何も言わずにいるのに、あの腕が欲しくて仕方が無い。
今回も店の前で入るのを躊躇っていると、後ろに人の気配が立った。
入り口を塞いでいるのだと気付いて避けようとしたとき、
「入らねーの?」
その声に全身の肌がゾクリと震えた。
振り返った土方を見つめる銀時は無表情で、“どっち”の銀時なのか区別できない。偶然ここへ来た銀時なのか、約束した銀時なのか。
「……っ……」
戸惑う土方に、ようやく銀時は笑ってみせる。
「酒飲もう〜って状況じゃねーよな」
「……万事屋?……」
「ん。悪ぃ、遅れて」
いつものように軽い調子で謝る銀時に、言ってやりたいことはいっぱいあるのに胸がいっぱいで言葉にすることができなかった。
店に入るのはやめて歩き出す銀時に、土方も続いて歩く。
繁華街から外れて人が少なくなってきたころ、黙って歩く銀時の背中に向かって土方が口を開いた。
「…いつ思い出したんだ…」
「んー、昨日?」
土方がどんな思いをしているのか察することができないはずはないのに、銀時の口ぶりではわざと連絡してこなかったようだ。
怒りよりも辛さのほうが強くて、土方の声は小さく震える。
「………な、んで……連絡してこなかった……」
「連絡しねーほうがいいのかと思って」
振り返った銀時はなぜか不機嫌そうで、ここで怒るべきなのは俺じゃねーか、と思った土方も負けじと顔をしかめる。
「…んだ、それ…」
「おまえなんで何も言わなかったんだ?」
「……それは」
「思い出さないほうが良かったか?」
病院で銀時が自分とのことを覚えていないと気付いた瞬間、そう思ったのは事実だ。
このまま思い出さなければ、あの日を無かったことにできれば、自分が思いを告げたりしなければ、銀時が自分を好きになることなんかない。
そしたら、日頃“モテない”と言いつつもちゃっかり女と付き合って、結婚して、想像しにくいが幸せな老後を過ごしたりできる。
三ヶ月前銀時に告白した直後から、“嬉しい”と“失敗した”を繰り返し考えてきた。
そんなこと考えるだけ無駄だと分かっていても、病院で咄嗟にそう行動してしまい、今度はそれを後悔する。
山崎が言ったように、土方はずっと落ち込んでいるから黙っていたように見えたが、実は上がったり下がったり行ったり来たりの繰り返しで爆発寸前だった。
うつむいて肩を震わせる土方に、銀時が『言いすぎたか?』と手を伸ばそうとしたとき、キレた。
「んなわけあるかぁぁあああ!!」
「!! ひ、土方くん?」
「てめーの未来の嫁も子供も知るかっ!!全部思い出させてやるって殴りに行こうとしたのだって一度や二度じゃねーんだよっ!!」
「よ、嫁?子供??」
「人のこと舞い上がらせるだけ舞い上がらせておいて、自分だけ一抜けできると思ってんじゃねーぞコラァ!!!」
銀時を睨みつけてそう叫んだ土方だったが、銀時にはやっぱり迷っているように見えた。
「…なんでそう言わなかった?」
上がったり、下がったり。
「……言ってやろうとしたけど……やっぱり……てめーの未来の嫁と子供が……」
「だから、誰ですかそれは」
顔を歪めて妄想を広げる土方に、銀時は苦笑する。
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