原作設定(補完)
□その9
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#87 2015/06/26
あの日から…心臓が痛い。
1人の男が暗い表情で病院へやってきた。
イケメンが思いつめたような顔をしているので、本人が不治の病なのか、恋人が入院でもしているのか、などと周りの女性たちの注目を集めているが声をかける者はいない。
なにしろその男は真選組の隊服を着ていたからだ。
「土方さ〜ん。土方十四郎さ〜ん、三番診療室へどうぞ」
あれが真選組の中でも鬼の副長、でもイケメン、と名高い土方十四郎なのかと一斉に見つめられながら、土方は診療室へと入って行く。
「先生、どうなんですか」
一通りの問診と簡単な検査を終えて、真剣な面差しの土方に、医者はカルテ片手にう〜んと唸る。
「先週の検査の結果も出てるけどね……」
「正直に言ってください!俺はまだこんなとんなところで倒れるわけには……」
悲壮感漂う土方とは裏腹に、医者はあっさりと答えた。
「どこも悪くないですよ」
「あ?」
「これ以上ないってくらい健康体だよ。なんで病院来たの」
本気で呆れている医者に、土方は怒りを通り越して悲しくなってきてしまった。
癌患者に対して医者はすぐに告知はしない、そんな情報が脳裏をよぎる。
「そんなはずはねー。心臓あたりに問題があるだろ。こんなに苦しいのに…ごまかさねーで教えてくれ」
「心臓ねぇ……今も痛い?」
「いや、今は平気だ」
「どんな時に痛くなるの?」
心臓の上の隊服をぎゅっと握り締め、土方は答える。
「………最初に痛んだのは屋根の上……」
「屋根?」
「近藤さんの仇討ちにアイツと戦ったときだ。その後は、町中とか騒ぎの中とか顔を合わせればすぐ喧嘩になるのに……だんだん、アイツの顔を見るたびに痛くなって……うっ、そんなこと考えてたらまた胸が痛ぇ!」
真面目に語っている土方を医者と看護婦は無表情無言で見つめ、本気で苦しんでる姿を他所に顔を見合わせる。
「先生っ、なんとかしてくれっ」
「……君、あれ」
「はい」
看護婦に何か指示をした医者に、特効薬でもあるのかと期待した土方だったが、出てきたのは目のキラキラした女の子が表紙の本だった。
「それ読んで」
「あ?……なんだよ、これ。少女マンガじゃねーか…こんなもの……」
「いいから読んでみて」
読むまで話を聞いてくれなさそうな雰囲気に、土方はしぶしぶと本をめくってみる。
普段マガジンしか読まない土方にとっては、始終惚れた腫れたで展開していく少女マンガは難解でしなかなったが、あるページが目に止まる。
『あいつを見ると胸が痛い…顔を合わせれば口喧嘩ばかりで気に入らないのに……もしかして、これが恋なの?』
多少昭和チックではあるが、少女マンガにはド定番でベタでありがちな設定だ。
そして、たった今、自分がこれと瓜二つなセリフを口にしたばかりだったことにも、当然気が付く。
「……」
ばさりと土方の手から本が落ちた。
ゆっくり顔を上げると、医者と看護婦がうんうんとうなづく。
原因が分かったというのに、土方は診察室に入ってきたときと同じぐらいの悲壮感漂う表情で呟いた。
「……どうすればいいですか」
「告白よっ、告白しかないわっ」
「向こうもきっとあなたを気にしてるわよっ!お約束よ!」
「夕暮れの公園とか川原とか、ベタだけどグッとくるわよね〜」
いつのまにか他の診療室からも集まってきた看護婦が、土方を囲んでいろいろアドバイスをしてくれるので、医者は看護婦たちにまかせて茶飲んだりしていた。
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