□陸
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 彼女もまた、加害者であり、被害者である。

   旭 陸話

 場所は医務室。広い空間の中で、この場にそぐわぬ幼い少女(名を、『虧兎 卯依』といい、軍医中尉である。)は、一人で覚えたての仕事をこなす。前任の者が残した日誌を読み、留学先で習った学術(魔術の類)を振り返り、思い留まる事も屡々。自身の得た知恵と、前任の者の行為は等しくないのである。前任の者―京極曰く、かつて無念の死を遂げた、彼の竹馬の友という舟坂軍医大尉の治療法、応急措置等は、彼女の留学先では、どれもふさわしくないとされているものだった。

 『負傷者ニ三ヶ所ノ脱臼アリ。 先ズ以テ、力ヲ込メ、元ニ戻ス。 負傷者、悲鳴ヲアゲ、苦シム。 ソノ者翌日、万事支障無ク出撃セリ。 措置ハ成功シタモノトスル。』

 『我、敵軍ノ流レ弾ヲ受ケル。 被弾箇所、三。
幸運カ、翌日治ル。 我ガ身、生後ヨリ強固ナリ。 コノ強サ、我國ノ如シ』

舟坂は常日頃から不真面目であったことが窺えた。卯依は日誌の文面を見て、すぐに読む気を落としたが、医務室に残されていた日誌はこれだけであったので、是に縋るより他に術はない。自分が新しい方針を掲げていく事も考えられたが、そこまでする必要性も感じられない。ここに来て治療、というよりも、皆科学部の方に行き、己が身の改造を優先するからだ。ここに来るものは殆どが彼女との会話であったり、飴をよこしに来てくれたり、本当に小さな怪我をしたものであったりと、その程度なのである。その為彼女も、医務室での勤務より出撃することの方が多い。

(旭國陸軍では、科学部であろうと軍医部であろうと、例え軍芸部でも総員の出撃は可能である。これを「総戦闘員制」といい、これによってクーデターにも対処できる。クーデターを起こした京極ならではの発案である。) 

 勿論陸軍着任当初の彼女は、自分の培った学を國の為に、という思考であったのだが、いつの間にか敵軍を殲滅することに力を入れるようになってしまいつつあった。京極は、虧兎に対し、敵軍を殲滅させることがいかに国益であり、真っ当なことであるかを、説いた―否、説いてしまったからだ。彼女は彼を信じ、共に出撃した。殺戮の限りを尽くし、敵軍の弾幕をかいくぐり、戦場を火の海へと変えた。結果、卯依は戦闘神経症を患った。人格に影響を伴い、平常は見た目通りの愛らしく少女らしい、心優しい性格なのだが、血や肉、無残な戦死体を目の当たりにしてしまえば、視界から敵を殲滅せんとする、冷酷無比な戦鬼と化してしまうのである。
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