□参
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 死体が八つ裂きにされ、四散していた。出撃していった全兵が皆そうであった。
 



旭 参話






 鉄臭い。
京極が一番に感じ取ったのは嗅ぎなれた悪臭だった。旧友でもある科学部最高責任者から知らせを受け、検死の場にやってきたわけだが。部屋の六方全てを見渡しても、目に映るものは全て視線を逸らしたいものばかり。円柱型の水槽に、ホルマリン漬けにされた死体がずらあり。安らかに眠るもの、苦痛に塗れた、死の直前そのままの表情で浮かぶもの。人とかけ離れた形にされたもの。脳のみ、胴体のみ、それら全てが京極には嫌なものに見えた。不愉快になったが、黙ってただ話を聞くことに、敵方の情報を探る事に集中した。台の上に横たわる人間だったものを、慣れた手つきで触っては置き、メスで切り分けては開き、時折感嘆の声を上げる狂気じみた相手の声を、聞き逃すことなどはない。

 「腹部からまず一突き入ッて、そっから、文字通り八つ裂きですねェ。しかもきれいに刀かなんかで斬られたみてえな傷ですよ。 どう思います総統殿」

 「そのような兵器など思いつかん 刃なんだろう」

 「エエ。切れ味は総統殿の一閃とは比べ物になりませんが。 米公からの鹵獲モノの資料持ってこさせますか。 影井手前ェ、ぼさっとしてねぇで早く持ってこい!!また殺されてえのかよう!!」
 
 直ぐ傍に居るにも関わらず、斜め後ろに立っていたまだ若い青年(影井と呼ばれていた。)に、怒鳴るように声を張り上げる目の前の外路閣磨中佐を一瞥する。京極は昔から変わらぬその横暴さに溜息を吐いた。最高責任者ともあろうものが、このように非道徳的で良いのだろうか。己が決めた実力主義という規定ではあるのだが、この目の前の男を見ると不安が絶えない。急いで部屋を出て行った、やけに顔色の悪く見えた彼を思えば哀れでならない。どこか別の部にでも移してやろうかと考え、話を持ち掛けたのだが―彼もまた異常者の一人であった。

 『良いんですよ。僕に向いてるんです、ここ。あの人もなかなか僕に合う扱いをしてくれますから 満足しています』

 はは、とぼんやりと笑ったあの顔に、京極は全く理解できないものを感じたのを覚えている。兎にも角にも、もとよりこの科学部には気の振れた科学者が多い。否、もはやそれしかいない。正常を求める方がおかしいのだ、と京極はすでに諦めている。というよりも、科学部だけに言えたことではない。思えば自分だって嬉々として血肉を浴び、刀を振るっているではないか。経理の双子もそうであるし、己の愛する少女もそうなった。古くから世話になっている軍芸部の責任者もそうだ。彼は仏の顔をして、幾千ものの敵兵を嬲り殺している。そう思えば何も顔を退けることは無かったのだ。ここで善人の顔をする方がかえって異常だ。ましてや、ここの頂点ともあろうものが。

 お待たせしました、と影井が持ってきた資料を受け取る。御苦労と言えば一瞬驚くあたり、日頃どれほどひどい扱いを受けているのかが分かる。

 「米公は刃よりも弾ですからね あるっちゃありますが…」

 「銃剣や短剣程度 捕虜の改造も無し…」

 「野郎共、甘っちょろいですからなア 倫理がどうの道徳がどうの言って、踏み込めないんでしょう」

 「それがあるべき姿なのかもしれんがね」

 だから勝てない。ぴたりと合った台詞に、少し顔をしかめる。こんな外道と同じことを考えるまでになるとは。自分も堕ちたものである、と。











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